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無名サイトのつづき

ノウとハウ ~非創作同人誌を作ろう~ その1

昨年2016年は初めて同人誌的なものを作って売ったりしたのだけど、一般的に言ってこのような行為はハードルが高いと思われているし、実際やるまではそう思っていた。

実際にやってみるとそうでもなかったのだが、しかし「非漫画」「非創作」の同人誌を作る上では、その第一歩を踏み出そうにも手がかりになる情報があまり多いとは言えないことにも気が付いた。というわけで、少ない経験ではあるが、実際にどのようにして作って売ればいいのかという部分について個人的な考えを含めつつも明らかにしてみたい。もちろんこれが正解というわけではなく、一つのやり方のご紹介である。

0.何故書くのか
と、その前に実際に本を出してみるまでのことについて書いてみたい。ここを見ている人で、「同人誌」という言葉で真っ先に思い浮かぶのはなんだろうか。たいていの人が「R18のいわゆるスケベブック」か、あるいは原義に近い「同好の士が自作を持ち寄って制作する本」辺りを思い浮かべるのではないかと思う。

どちらにせよ、同人誌という言葉には一次・二次問わず「創作」という言葉もついて回る。よって、そうしたクリエイティビティが無ければ作れないものだという認識が根強く存在するように思えるし、実際に長いことそう考えていた。

しかし、コミックマーケットをはじめとした現代の同人誌即売会では、「非創作」の潮流として情報系と呼ばれるジャンルも存在する。これらは書き手の伝えたい情報を書き綴ったもので、「書き手自身がそれが好き」であるが故のウルトラニッチの開拓や、既存の商業出版物では困難と思われるような内容が多数存在し、書き手の情熱が迸る、創作分野とはまた違ったアツさを感じるジャンルである。

こうした「自分の好きなモノの本」を多数目の当たりにし、またその書き手の方とも知り合うことで、同じように本を作ってみたくなったというのがそもそもの執筆の動機であった。

1.何を書くのか
さて、本稿では「非創作」「非漫画」「非18禁」の同人誌を作る場合についての説明である。情報系と呼ばれるそれらは、コミックマーケットのジャンルで言えば「評論・情報」辺りになる。この中で、過去作った本というのはカメラについての本である。コミックマーケットの場合はカメラの場合はメカミリ(メカ・ミリタリー)として厳密に言うと評論・情報とは別の区分けになる。だいたい島にして0.5~1ブロックくらいの勢力(C91実績ではだいたい20サークルくらい)であり、決して規模としては大きくはないが、さりとて同士が全くいないわけでもないという、そのくらいの規模感である。

ただ、写真に関する内容というのは結構バラけており、前回(C91)のコミックマーケットの場合いわゆる人物写真でコスROMなら一日目、メカミリなら二日目、評論として申し込んでいたところは三日目での参加であった。また、それ以外にも各趣味での写真集(旅行や交通、特定地域に関してのものなど)もあるわけで、写真に関すること含めるのであればそれなりの勢力が存在しているといって良いだろう。

というわけで以下の解説は実体験ベースでの話になるので「情報系のうちメカミリの中のカメラ」での話になる。ただまぁざっくりと言えば評論の中に入るので、評論の中の他のジャンルであってもこれから始めようとする人に多少は参考にはなるのではないかと思っている。また、これまでの記述の中で評論・情報というのはあまりにもざっくりとしたジャンル分け過ぎるのではないかと感じるかもしれないが、実際のところは何らかの情報を伝えるものであれば何でもアリの異種格闘技戦なジャンルである。

どのような内容が情報系(評論)かどうかという目安としては、そういう方面に強いComic ZINの通販ページ辺りを見てみれば雰囲気はつかめるのではないかと思う。見れば分かると思うがホントになんでもアリなのである。

しかし、何でもアリが故にそこには書き手の情熱が色濃く反映される。また、商業誌では絶対に成り立たないような内容も数多く含まれており、ある意味では最もエッジの効いたジャンルの一つでもあるのだ。というかそもそも商業出版物にするとしても何に載せるんだよコレみたいなウルトラニッチが存在するし、役に立つものから立たないもの、必要とする読者が何人存在するんだみたいなものまで多数発行されている。だがそれでいいのだ、商業出版物じゃなくて同人誌なんだから。

2.誰に向けて書くのか
というわけで、ジャンル的には何でもアリの中なので、何を書くかはハッキリ言って自由そのものである。逆に言えば、自分が詳しかったり誰かに伝えたかったりする内容があるというのであれば、それについて書くのが一番であろう。予めニーズが存在するかどうかはあまり考えなくてもいいと思う。基本的には書き手の情熱が感じられればそれを面白がる人は一定数はいると考えている。もちろん程度問題はあるが……。

よって、この「誰に向けて書くのか」という問いは何処かにいるであろう同好の士ということになる。コミックマーケットを例に挙げれば、あれだけたくさんの人が来るイベントなので、絶対数はともかくとしても、誰かしらは面白がってくれる人がいるというわけである。

さて、ここで初めて同人誌を作り、発表するにあたって選択肢がある。一つは本稿で述べるような「イベントに合わせ、イベントで販売する」形式。そして他には「実物としての本は作らず、電子データとして作成し、配布もイベントではなく販売サイト等を通じて配布する」形式である。どちらにもメリットとデメリットがあるが、ここでは前者をお薦めする(もちろんこの複合や折衷案もあるが、リアルイベントとリアルな本を作るかという観点において対比することとする)。

イベントのメリット
 ・現物が本という形で完成する
 ・買ってくれる人と直接会うことが出来る
 ・集客力が大きい
 ・同ジャンルの書き手が集約される為、刺激になる
イベントのデメリット
 ・現物の生産コストと在庫リスク
 ・地方在住の場合は交通費も馬鹿にならない
 ・締め切りが存在し、そこまでにはなんとかしないといけない
 ・同ジャンルの書き手が集約される為、嫌が応にも比較される
 ・最低限のコミュニケーション能力は要求される

データ販売のメリット
 ・現物を生産するコストがかからない
 ・故にカラー・高解像度図版等の仕様を投入出来る
  (これらの仕様は小ロット生産だと特にコストに響く)
 ・在庫リスクが存在しない
 ・事実上締め切りが存在しない
 ・販売期間がイベントとは比べものにならないくらい長い
 ・誰ともコミュニケーションを取らなくても作って売れる

データ販売のデメリット
 ・集客力の弱いジャンルだとそもそも目に止まらない
 ・オンライン上では、イベント当日以上にライバルが多い
  (当日その場にいるメンツ以外も同列に並ぶことになる)
 ・個人的な体感ベースだが、データ販売でも売れるのは
  リアルイベントでの実績があるサークルの本という傾向が強く
  イベントに参加せずデータ販売オンリーという形態は宣伝面が弱い

これはあくまでも個人の感想に過ぎないし、いわゆるスケベブックではまた違うのかもしれないが、簡単にまとめるなら「初期投資が要るが販売のハードルは低いリアルイベント」対「初期投資が小さくて済むが販売面での困難が多いデータ販売オンリー」といったところだろうか。

もっとくだけた言い方をすると、イベントというのは一種のお祭りであり、あの場に来る人というのは面白そうなことに対する感度が異様に高くて、かつ財布のヒモは緩みまくってるナチュラルハイの状態である。そういう人に対して、周囲の競合(そして同好の士であり戦友でありライバル)も含めて、同人誌だけが並んでいる中でそれを売れるというのは恵まれた環境だと思える。何故なら、会場を一歩出た瞬間に同じ値段で出来る他の娯楽がライバルとして立ちはだかるのだから。

同人誌というのは、「薄い本」という言葉に代表されるように、個人制作の少量出版物である為分量に比した価格としてはどうしても高めになってしまう。体裁もオフセットフルカラーからコピー折り本まで様々である。ただ、あの場所のあの雰囲気はそれらのマイナスを吹き飛ばすパワーがあると思っている。

そしてもちろん、周囲に同好の士が居るという状況は非常に心強いことである。なもので、よっぽど誰とも会いたくないというのでない限りは一度はイベントに出てみて、そしてあの場の空気を味わってもらいたいと思っている。故にここでは「イベントに来る人に向けて書く」ことをオススメしたい。参加イベントはとりあえずオールジャンルで規模も大きいコミックマーケットを想定して進める。

……と、いうわけで、本稿ではコミックマーケットへの情報系同人誌での参加までの心づもりについて書いてみた。次回はより具体的な内容として、参加申し込み方法や実際の執筆~レイアウト、そして印刷とイベント参加において解説を加えていく予定である。

ちなみにそもそもなんでこんな事を書いているかと言えば、少しでも同好の士が増えて欲しいからである。

具体的に言うと、絵も描けない話も作れない、ただ与えられた何かを消費するだけ……という創作を諦めた、非クリエイティブ側を自認するようなオタクにも、創作でなくとも何か武器があれば作り手側に立てるのだと、そういう思いでこれを書いている。

もちろん情報系も一種のクリエイティビティの発露には違いないのだが、オタクの間でのクリエイティブさというのは「ゼロから何かを作る」創作能力とイコールだという風潮が根強く存在している。しかし、非創作の「自分の書きたいことを調べて、書く」ということもまたオリジナルの行為であり、ひとつのクリエイティブの姿である。そういうわけで、創作を諦めた人にもクリエイティブさを諦めて欲しくはないのである。

そしてその結果、もっとぶっ飛んだ本があの場に並ぶ、そういう未来を願っているのだ。

2016年の振り返りと2017年の目標

昨年の記事の答え合わせというか、振り返りとして。昨年の目標は下記のようなものだった。

・都民農園セコニックに行く →未達
オホーツク海にあざらしを見に行く →達成
・伊東温泉ハトヤホテルもしくはホテルニューアワジに行く →未達
・島に行く →達成
・何らかの方法で本とかを作ってみる →達成

まず都民農園セコニックには相変わらず行っていない。行ったから何があるというわけでもないのはずっと分かっているので何かのついでに行こうと思っているのだが、しかしあの辺に行く用事は一切無いということも段々分かってきた。なものでこれはずっと喉に刺さった小骨のように残り続けるのだと思う、これからも。

オホーツク海にあざらしを見に行くことはわりと早々に達成出来た。海豹界の聖地とも言うべきオホーツクとっかりセンター、通称OTCに訪問することが出来たからである。なおこの時の旅は毎年北見で行われる寒空の下屋外で焼肉を焼いて食べるイベントに参加したりと色々狂っていた。人間ほぼノープランで北海道行ってもなんとかなるものである。

ハトヤかニューアワジは本当に行きたかったのだが、行くことが出来なかった。というか、「昭和の観光ホテル」に行きたいと思っている。別の機会で訪れた指宿いわさきホテル(アフターバーナーが現役稼働するなどマニアの一部で有名なホテル)とかは本当に最高だったので、この辺りを攻めていきたいと考えている。

島に行くという目標については、伊豆大島にノープランで行ったりしたので、次はもう少し離島なんかに足を伸ばしてみたいと考えている。船旅とかもあこがれるところである。ただ、これは休みが長くないと出来ないことなのでなかなか難しくもある。

そして、最後の本を作ることに明け暮れた一年だったと言ってもいいかもしれない。実際実働としては夏と冬のコミケ前後一ヶ月に集中して作業しているのでずっとかかりきりだったというわけでもないのだが、体感的にはやはり今年為したことはこれであったように思える。おかげさまで初参加初完売から自サークル立ち上げ、完売までを経験して多くの得るものがあった。内容的に長く続けられるようなものでもないのでキリのいいところでやめるつもりだが、ともかく第一歩を踏み出せたことは有意義だったと考えている。

これを受けて、2017年の目標は下記の通り設定したいと考えている。

・都民農園セコニックに行く
・昭和の観光ホテルに行く
・本を作ることを軌道に乗せる
・身を落ち着ける

論点としては結局最後である。こればっかりは今のところどうにもならないのだが、まぁ書いておけば何か意識も変わるだろうとそう考えている。まずはそういうところから、なんとかなっていくのだろうと思う。そうすればたぶん幸福にもなれるのだろうと。

2016年買ったカメラとレンズ

毎年の恒例行事。

とはいえ今回は冬コミに出るなどした為、全く進まないことこの上ない。そういうわけで12/31に駆け込み更新というわけである。

……と思ってたのだが、今年実はあんまりカメラとレンズを買ってはいない。例によってよく分からないジャンク類は買い込んでいるのだが、ここで紹介するようなちゃんとした(?)カメラやレンズはほとんど購入していないのである。

というわけで、一時期は前後編にまで分かれていたことすらあるこの企画としては珍しくだいぶシンプルになったが、一方でカメラ購入の病が完治したわけではないということも察して頂けると思う。

SONY RX10
・HASSELBRAD HV + SONY Vario-Sonnar T* 24-70mm F2.8 ZA SSM

……はい、こんなもん買ってました。メインとしてはこの程度だが、これだけで例年の数本分くらいのネタ要素が詰まっている。元はと言えばα99IIはもう出ないだろうという読みの末に買ったのだけど結果から言えば大外しというわけで、このせいでα99IIは買えていないという。

果たして来年はどうなるのか。そんなことを考えているところで。

進捗日記

冬コミでも本を出すことにしたので、どういう感じで作業していたかの作業メモを書いてみる。ほぼ週末にしか作業していないので日付は飛び飛び。

11月以前
だいたいテーマは決まって必要な資料を集め出す。
少しずつ書いてみるが、この時期は連続しての執筆はせず適当に書き散らかして後から繋げるブロック工法で少しでも興味の沸いたところから進める方法を採る。もっとも、この方法で作った部分はだいたい捨て石になるのが経験則。

11/23
流石に完成を優先しなければならない時期に来たため内容を絞り直す。
案の定これまで書いてきた部分をだいぶ整理し、一から書き直す。
内容をミノルタαシステムの7の付く機種という骨子がここで完成。
ベタ書きで約13,000文字。α-7000初期仕様の項目まで到達。

11/27
外出の為執筆せず。進捗なし。

11/28
α第一世代の完成(第一章相当)まで到達。
切った貼ったの編集の為文字数14,628。

12/03
α-7000の項がだいたい書き上がる。
続くα-7700iの章を書こうとしたら
祖父の遺品であるα-7700iがよりによってこのタイミングで壊れる。
文字数23,929。

12/04
α-7700iの項に入る。
文字数26,456。

12/05
早くもα-7700iの代わりが見つかり執筆は続く。
そろそろ締め切りがやばくなってくる。
文字数28,506。

12/11
そろそろ本格的に締め切りのことを考え始める。印刷所も決めていない。
前回のオンデマンド印刷はどうも相場より高いような気がする。
文字数34,089。

12/12
多少ゴールが見えないでもないかという気分になってきた。
α-707siの項目終わり。残るはα-7とまとめのページ。
文字数47,794。

12/17
だいたいα-7の章を書き終わる。あとは各部の構成を整えることとする。
文字数57,836。

12/18
本文あとがきまで含めて完成。撮影とレイアウトの作成に移る。
文字数69,227。
これに参考文献が加わるので、トータル文字数としてはたぶん7万字くらい。

12/19
前日から引き続いて作業。
写真撮影、DTPソフトのインストール(このタイミングでかよ)、校正レイアウトを一気に進める。表紙が出来てちょっとテンションが上がる。表紙裏表紙と文章の流し込みまで完了、締切日は近い

12/21
詰めの作業として全体のレイアウトを見ながら文章と写真の配置を仕上げていく。写真はリアルタイムに撮影したり資料からスキャンしたりして貼っていく。このため、写真とレイアウトは交互に行うことになる。正直効率は良くないが、配置によってどのような写真にするか考えられるのでこの方式を採らざるを得ない。隙間が空いた部分には適宜文章を削ったり足したりして調整していくため、やはり作業は続く。
全て終わったところでpdfを出力して入稿、Twitterに告知を行う。とりあえずなんとか締め切りには間に合ったので、あとは印刷がつつがなく終わることを祈るばかりである。

12/22
と思ったら印刷所からデータ不備の連絡が来てあちこち書き直したり設定し直したりレイアウト組み直したりでなんとか間に合わせる。ちなみに使用する印刷所の締切限界の日であった。一日余裕見といて良かった……。
最終的な文字数74,700文字。

前回の同人誌作成記事でも作業日程載せたけど、今回はほぼ執筆に丸一ヶ月でほぼ毎週末の少なくともどちらかを潰し、DTPと写真撮影は2日で終わらせたことになる。次回はもう少し余裕のあるスケジュールを組みたいところ。あとは印刷がどうなるか……。

12/23
入稿完了の連絡が来る。27日発送なので28・29日に引取れないと死ぬ。
その頃には休みなので最悪営業所に引き取りに行くのも考えなくてはいけない。
とはいえ、こんなギリギリの真似が出来るのもオンデマンド印刷様々である。
オフセットで少部数はキツいので小ロットしか見込めないような本はコピー本から始めるのがこれまでのセオリーだったと思うが、それもページがかさむとけっこうつらい。そういうわけでオンデマンドの小ロット印刷はとてもありがたい。
三桁刷ればオフセットなのだろうけど、残念ながらそこまで売れるようなもんでもない。また、同人誌印刷でオフセットかオンデマンドかの論点は納期と値段以外だとトーンが綺麗に出るかどうかだったりするが、これも漫画の人ではないのであまり関係がない。

12/28
本が無事届く。佐川で出荷と聞いた時は(この時期一部の佐川の支店では遅れると聞いたので)どうしようかと思ったが、案外平気だった。日本の物流すごい。
そんなわけで、12/30には現地で本を配っていると思う。

続・なにをいまさらDSC-RX10

さて、DSC-RX10である。いまさらのRX10なのである。

ひょっとしたらベストバランスのコンパクトデジタルカメラなのではないかという予感はしていたので前回は購入後に思いの丈を書き綴ってみたのだが、実を言うと買ってからあんまり使っていなかった。何故かというと、RX10購入の当初目的が旅カメラであることは先に述べた通りだが、夏はコミケで忙しく、その反動としてしばらく何処にも行く気がしなかったことから旅行にも行っていなかったのである。

これではいかんと秋が来てから一念発起してあちこち行ってみると同時に、RX10も各地で使ってみることが出来たので、改めてここに旅カメラとしてのRX10評的なものを書き残しておきたい。

まず、スペックの中途半端さについては前回さんざん書いたのだが、やっぱり何度使っても中途半端である。しかしこれは「意思ある中途半端」であることは先に述べた通りだ。実際旅行に持って行く上で24-200をカバーしていればそうそう撮れないものはないし、広角はスイングパノラマ、望遠はトリミングである程度解決することが出来ることを考えればやはりこれは旅カメラとしてのバランス取りの到達点の一つであろう。

もちろん旅カメラのベストバランスたるスペックはこれ一つだけというわけではなく、他にもいくらでも思い付く。ショートズームながら全域明るいみんな大好きRX100こそが万能カメラであり、もちろん旅にも向く……という論はいつの間にかRX100シリーズが五代目を数えるまでになったという事実を引き合いに出すまでもなく、皆に肯定されるものであろう。

ただ、RX100に比べると、RX10はいわゆる一眼レフらしい形をしているという点が大きく異なる。これはレンズの違いと共に両者のボディサイズの差にも繋がっているのだが、一方で両機の違いは主にレンズ及びパッケージングの違いだけであると言い換えることも出来る。

ではこの中途半端なパッケージングは何処から来たのだろうと考えると、ふと思い浮かぶのがかつての高級コンデジの姿である。デジタル一眼レフがまだアマチュアには高嶺の花だった時代には(アマチュアにとっての)フラッグシップ機は、大柄のブリッジカメラタイプの高級コンデジであった。RX10にはどこかあの匂いがするのである。

ブリッジカメラタイプの高級コンデジは当時のフィルム一眼レフからの乗り換えさえ考慮されていた「本気のコンパクトカメラ」であり「本気のデジタルカメラ」でもあった。ただしこの分野は、やがてデジタル一眼レフ初級機の10万円戦争、そしてそれに連動した20万円クラスの中級機の隆盛により一度は絶滅寸前まで追いやられることになる。

デジタル一眼レフが手の届く存在になって以降、コンパクトデジタルカメラの存在意義のほとんどは小型軽量なカードタイプへ移り、大柄な筐体のカメラは相対的に魅力をなくしていった。そんな中で大柄な筐体に存在意義を持たせる方法の一つが、レンズの高倍率化競争であった。当初は20倍を超えるだけで驚かれたものだが、現代では50倍はおろか80倍超などというズーム比を持つカメラさえ登場している。これらもそうした生き残り策の果てに生まれたものである。

RX10自体はその見た目から、そうした超高倍率カメラと同一視されることもあるが、本質的にはそれより以前の「デジタル一眼レフの代わりに出来る高級コンデジ」であるように思える。

そもそも高級コンパクトや高級コンデジという言葉自体も、その時代によって意味するところは変化している。フィルム時代の高級コンパクトはあくまでもポケットカメラの範囲内で写りや品位を高めたモデルが主流であり、よく言われるように一眼レフのサブで使えるというところがウリであったように思える。そして現在一般に言われる高級コンデジも、この「一眼レフのサブ用途」のカメラであり、そのために大きさ重さでは一眼レフの領域に意図的に踏み込んでいないように思える。

一方で、一昔前の高級コンデジというのは先に述べた通りデジタル一眼レフがあまりにも高価で特殊であった時代にそれらを代替し、写真愛好家の受け皿となるために作られたものである。これらの機種には一眼レフに対する妙な遠慮(?)というものは存在せず、むしろ一眼レフなど不要とばかりにそれ一台で何でも出来ることが存在価値の一つであった。RX10はこのコンセプトが現代に蘇ったと考えれば、この中途半端さにも説明が付くだろう。ただし当時と違って、場合によってはより小型軽量ですらあるミラーレス機の存在がこのカメラの立ち位置を余計にややこしくしてしまっている面もある。

そういうわけで、また長々と説明が入ってしまったが実際の使用感について書いてみよう。まず言えるのは、このカメラあまり電池の持ちがよいとは感じられないが、一方でそれが致命的というほどの弱点にはなっていないという点である。

このカメラの電池はα7シリーズ等にも使われているNP-FW50であり、当然のことながら(?)フルサイズのα7よりは電池の持ちはずっとマシに感じる。もちろんハードに使っていくとそれなりのスピードで減っていくのだが、microUSB端子で充電出来ることがその弱点を補っている。

つまり、モバイルバッテリーであったり、車のシガーソケットから電源を取っておけば多少電池の減りが早くとも事実上なんとかなってしまうわけで、宿や車に戻ればある程度電源を確保出来るシーンが多く、またカメラを電源オンにしたまま休憩なしで撮りまくるシーンの少ない旅行においては、別に専用充電器を持ち歩かなくていい分トータルでは荷物が減ってすらいるわけである。競合機でもUSB充電に対応していなかったり、対応していても専用のUSBケーブルが必要になったりする中でこのスペックは特筆すべきモノであると感じている。

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次に写りだが、必要十分なラインの上のほうを楽々クリアという感じである。これ以上が必要ならば一眼レフやミラーレス機をどうぞというのは理にかなっているし、それらを使うことで得られる結果と引き替えに、荷物の増大は避けることが出来ない。少なくとも24mmから200mmまでをハイクオリティにカバーするというのであれば。

一方で、レンズキャップやフード、そしてその筐体サイズから来る取り回しについてはユーザー側の意識がどちら側にあるかで評価は変化すると思う。「一眼レフよりは小さい」であれば一眼レフ流の取り扱いに不満は出ないだろうし、「うすらデカいコンデジ」であればレンズキャップの取り扱いや筐体サイズには自然と不満を感じることになるであろう。余談だが、別に保有しているGRに関して言えばあのカメラの美点というのはレンズキャップの要らないレンズバリア式だということにあると考えている。つまりGRはコンデジという意識だが、RX10は小さな一眼レフ相当品という意識があるわけだ。もちろんこの辺りの考え方は万人に当てはまるものではないと思っている。あくまでも個人の感想である。ただ、サイズ感についての感想はおそらくこの意識によって大きく変わるだろうことを考えれば、ここに一つこのカメラを評価することの難しさがあると言えるだろう。

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また、これはRXシリーズに共通した美点ではあるが、基本的なインターフェースのほとんどがRX及びαシリーズで共通であり、それらのカメラを使ったことがあれば操作面で迷うことが少ない。もちろんアクセサリーも主要なものは一通り使い回すことが出来る。気が付けばαAマウントから始まりEマウント、そしてRXとフルラインで揃えてしまったが、既存機のユーザーとしてはこういう点は共通であるに超したことはない。

操作面には好みもあると思うが、個人的にはレンズ鏡筒リングでステップズーム、ズームレバーで連続ズームという操作は使っていて納得することが多かった。ある程度焦点距離の感覚を掴んでいる中ではステップズームを多用するが、その一方でテレ端/ワイド端に戻す時にはレンズ鏡筒リングを回し続けるよりもズームレバーの方が手っ取り早かったりする。もちろん微調整にもズームレバーは役に立つ。この二系統の操作が両立することは一体型の特権でもある。

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いわゆる「カメラらしい」形状というのもプラスである。握って、構えて、覗き込んで撮る。一眼レフの代わりとしてはまことに自然である。一方でチルトモニタによっていわゆるコンデジらしい液晶モニターでの撮影ももちろん出来る。そして水準器、連写合成HDR、スイングパノラマといった現代のコンデジにある飛び道具も満載である。その上で望めばα用のストロボだって乗せることが出来る。流石にほとんどやったことはないが。

一方で、ウリの一つであろう絞りリングについては手持ち無沙汰の時に弄ってみる以外、特に必要性を感じてはいない。旅カメラとしてほぼプログラムモードが基本になっているため、この部分は飾りに近いというのが正直なところだ。もちろんこうしたカメラというのはたとえ98%の時間はなんとなくプログラムオートで使っていたとしても、残り2%で素晴らしい被写体に出会ったとき、いかに自分の意図が反映した撮影ができるかがキモである。だからこそ使用頻度は低いと分かっていてもプログラムオンリーではなく撮影意図の反映できるモデルを選ぶのだし、実際にその操作性にもこだわりを見せるわけである。そういう意味では、操作性の面で大きな不満は今のところない。RX100ほどせせこましい印象もなく、至って快適である。

それほどヘビーデューティ仕様ではないとはいえ、防塵防滴を意識したボディは旅カメラの範囲内で天候を気にせず使うことが出来る。小雨程度ならガンガン撮り歩けるし、ずぶ濡れになるようであれば移動どころではなくなるだろう。

また、この項執筆時点で既に五代目を数えているRX100ほどではないとはいえ、RX10も既に三代目まで出ている。RX100系統と違って過去モデルはディスコンにしているようなので今からRX10初代を買うことは出来ないのだが、二代目でフィーチャーされた高速AF&高速読み出しについては旅行じゃ関係ないし、三代目のズーム比の拡大に至っては個人的に気に入っている中途半端なコンセプトの否定でもあるので、特に必要性を感じていない。しかしやれることに関してはもちろん新しいモデルの方が広がっているので、それをどう考えるかで評価は変わるであろう。

総じて感じるのは、RX10は多機能ナイフのような性格のカメラであるということだ。これ一本あればとりあえず何でも出来る。もちろん全方位に100点というわけではないが、その代わりどの要素を取っても合格点は叩き出している。一眼レフとのトレードオフにキッチリと説得力を持たせつつ、独自の立ち位置が完成している。

もしカメラ一台で旅に出るとなれば、手持ちのカメラの中でどちらを持っていくか最後まで迷うのはGRであろう。GRはRX10という多機能ナイフとは対極の位置にあるカメラだ。単焦点大サイズ撮像素子というその個性は、例えて言うならば良く鍛え上げられた脇差しだろうか。捨てるものもあるが、その先に見える切れ味もまた唯一無二である。(ただし、デジタル以降のGRシリーズというのは言うほど単機能のカメラではない。むしろ銀塩GRなどと比べたら何でも出来て目眩がするほどである。これについては気が向いたら述べる)

形もサイズも、もちろんコンセプトも明確に違うこの二台で迷うということは、取りも直さず旅カメラという存在がそもそも不定形であるということを示している。全てを取り込む貪欲さを選ぶか、潔さと取捨選択の先にあるものを掴むか、カメラの選択一つとっても、旅は出発前からすでに始まっているのだ。

そしてきっと、そうして悩み抜いた末に選んだ手段で思い出を残すのも、一つ大きな旅の楽しみのうちなのである。