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インターネット

無名サイトのつづき

フィルムカメラはじめました3

これまでのあらすじ:ムシャクシャしていたのでNikon F2を買って撮ってみた。

というわけで試写結果についてのご報告。久しぶりのフィルム写真なもんで、撮ったあとに現像が必要というのもまた新鮮な感じ。今回はヨドバシに依頼したが、コダック純正仕上げが出来るそうなので依頼したら2日かかると言われた。フジの現像ならその日のうちに出来るそうなのだが、せっかくだから純正仕上げにしてみた。そういえば昔は写真撮ったからといってよほどの事がない限りはその日に見ることなんてなかったのだ。

子供の頃に遠足とかで写ルンですを持たされた時も、もったいぶって少なめに撮ってるうちに遠足が終わってしまって数枚分の残りが出来ていたのを思い出す。そうやって余ったフィルムをそのうち使おうと思ってるうちに、気が付けば何ヶ月も未現像というのがよくあったものだ。もしくは帳尻合わせのために、最後の数枚だけ近所のなんてことない風景が写っていたりして。

そういえば、よく語られるところのフィルム写真とデジタル写真の感覚の違いだが、画質云々は別にしても、36枚撮りで一区切りかつコストも馬鹿にならないフィルムと、無限に近い弾丸を手にしているデジタルとではやはり違うと感じる。多くの人が既に語っていることなので今更ここに書くほどでもないかもしれないが、少しまとめてみたい。

なんというか、ゲーム性が違うのだ。デジタルは割とゴリ押しが効くというか、とにかく一つの被写体に対しても様々な露出や構図を試せるし、ブレ防止のために「念のため5枚くらい連写で切っておく」なんてことも出来る。失敗か成功かすぐにわかるし、ダメなら消せばいいだけである。そこにコストがかかるわけでもないので、シャッターを気軽に切れる。

自分がここまで写真を楽しめるようになったのは、ひとえにこの点にある。かつて、自分にとってのフィルム写真というのは(写ルンですを使うようなレベルであっても)「ハレの日の記録」が主な用途だった。フィルムや現像にかかるコストもそうだが、枚数の制限はあるしどうしても特別な日に特別なことを撮るのが写真だと思っていたのだ。

しかし、デジタルであればそういう気兼ねをすることなく、大事な物からどうでもいいものまで幅広く撮れる。そうすると案外、どうでもいいと切り捨てていたものが面白かったりする。

実はデジカメを手に入れてからもしばらくのうちは、フィルム写真の感覚が抜けず一度の撮影でも数枚~数十枚しか写真を撮らない事が多かった。しかし、ある時ふと「後から何か思い出すには情報は多い方がいいし、行った場所とかも頻繁に撮ったほうがいい」と気付いて、それからはフィルムの頃だったら絶対に撮らなかったような雑多なものも撮るようになった。それからはここに書いている通り、だいふ写真趣味にのめり込んでしまったというわけだ。

では、もう一方のフィルム写真は今の感覚ではどうなのかというと、これはもう、ゲームでいう一種の縛りプレイみたいなものだ。現像代がかかる、フィルム代がかかる、プレビューは見られない。感度はそうそう変えられない。失敗と思っても消せない、などなど……。デジタルに慣れるとその制限の多さに驚くのだが、同時に「ある程度やり込んだプレーヤー」からすればこれは魅力的な攻略対象なのだ。通常よりも遙かに少ない残弾数で、高難易度の局面を切り抜ける。伊達で酔狂な制限かもしれないが、得てしてそういう時の方が集中力が高いのもまた真実である。

そんなわけで、どっちが上でどっちが下というものではないとは思うが、今現在においてコストや運用を考えると、間違いなくフィルム写真の方が難易度としては上に位置付けられると思う。

もちろん、こういう自分なりの結論は、デジタルである程度基礎を叩き込んだから言えるのだ。基本的な露出はマスターし、どうすれば写るのか考えられるようになっているから極端な失敗もなく撮影を楽しいと感じられる。もし仮にデジカメを始める以前の自分に同じF2を渡しても、失敗ばかりで楽しいだなんて思えなかったことだろう。

そういう意味では、自分はデジタルでなければ写真を始めることはなかったと思うし、今後もデジタルで撮り続けていくんだろうなと思っている。

さて、話は戻って現像が上がってきたので、仕事を切り上げてヨドバシに取りに行ってきた。引換券を渡すと、店員さんはネガ袋を探してきたのだが、こちらには引き渡さずに渋い顔をして、他の店員と何か相談している。やっぱりモルト死んでるし全コマ光漏れNGのパターンかと諦めていると、想定外の答えが返ってきた。

なんでも、現像所での作業中にフィルムの一部を破損してしまったので、全コマプリント+イメージCD化を行ったのだという。現像所からの詫び状も添付されていた。その上で、同等のフィルムを1本サービス、現像代も今回はタダでいいのだという。ちなみにフィルムはProfoto XLが日本国内に正規輸入されていないため、倍以上するエクターがついてきた。

なんだか狐につままれたような気分になりながらも、スキャンする手間が省けたしこちらにとって悪いことは何もない。そしてたぶん、向こうとしてもこの破損したフィルムが単なる試し撮りだったことは幸運だろう。もし大事な記念のフィルムであったなら、自分も今頃怒鳴り込んでいるに違いないのだから。

そんなわけで、何かとネタの尽きない購入~試し撮りの流れであった。

以上のような経緯で、フォトCDが手に入ったので、ほぼフィルム一本丸ごとFlickrにアップしてみた。ちなみに一枚だけ抜けているのは自分が映り込んでいたからであって、写真自体はまったく上手く仕上がっていた。

明らかにモルトが死んでいるというのに光線漏れはなかったし、ピーカンかつ明るめのレンズだったので頻繁に1/2000秒を切っているが露出に問題はない。ほとんどはフォトミックファインダーの適正値に合わせて切っているので、ポジではどうかわからないが、少なくともネガを使う上で致命的な露出のズレというのもなさそうだ。ニコンのSSでチェックしてもらったので結果は予想出来ていたが、やっぱりこうして結果を見るとうれしい。

こうしてフィルム一本という形でアップしてみると、また色々なことに気がつく。いわゆるフィルムっぽさというのは粒子のことなんだなとか、撮った写真を見返せないということは似たような被写体を時間を置いて再度撮ってしまう危険性があるということなんだな、とかである。あと、デジタルであれば自分の場合撮った物をすべてアップするということはまずない。そういう意味では、フィルム一本丸ごとアップというのはこのコマ間の流れで何を考えていたのか見透かされそうで、ちょっとドキドキするのも事実である。

撮ってる時は正直モヤモヤしたものがあったというのは前回書いた通りだが、この仕上がりを見ると、そう思いながらも撮ったこと自体は間違ってなかったなと思う。正直に言うとけっこう楽しい。

今だって、なんでフィルムはこんなに高いんだよと悪態をつきながらも、違う銘柄のフィルムだったらどうなるんだろうと様々な銘柄を検索しているのだから……。(Profotoがあと4本と、もらってきたエクターも冷凍庫に突っ込まれているというのに、である)

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NIKON F2 photomic AS + Ai Nikkor 135mm F2s