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ハイパー操作系とペンタックスが目指したもの その3

前回前々回までにハイパー操作系の解説は終わっているので、ここからは追補というか、言及出来なかった部分なども含めた雑多な内容について取り扱っていきたい。そして、ハイパー操作系が後の世代に残したものについても考えてみたい。

まず、ハイパー操作系の各世代ごとの違いについて。

ペンタックスのカメラの中で、ハイパー操作系の考え方が取り入れられている機種は大まかに言うと初代となるZ系、MZの中でもMZ-S、そしてデジタル化以降の三世代に分けることが出来る。ただ、MZ系が始まった時点(MZ-5)で一度電子ダイヤルを廃してハイパー操作系も一度消滅し、MZの操作系をベースに再構築したため、MZ-Sの操作系のみ更に特異なものとなっている。

MZ-Sは(最後の上位機ということから意外に高価なこともあり)実際に所有していないのだが、何度か触った経験と説明書を読む限りでは、Z-1Pのハイパー操作系とは下記のような点が異なっている。
※実機がないので説明書見ながら書いており、もし間違ってたらコメント欄とかでこっそり教えて下さい……。

  • ハイパープログラムとハイパーマニュアルを切り替える必要がない(!)
  • つまり、全露出モードがシームレスに繋がっている
  • マニュアルシフト機能がない
  • Z-1で即座に可能だったAv-Tvの行き来は手順が増えている
  • Mモードのままプログラムラインに一発設定する機能がない

このうち、ハイパープログラムとハイパーマニュアルを切り替える必要がないというのは文章にしても意味がよく分からないと思うので、MZ-Sの取扱説明書から概念図を抜粋する。

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[出典:MZ-S 取扱説明書 P58]

ご覧のように、P/Av/Tv/Mの各露出モードが自在に行き来出来るようになっている。

なお、上記の図で言う「Tvオートボタン」とはデジタル化以降グリーンボタンとして知られる緑色のマーキングの入ったボタンである。MZ-Sではシャッターボタン脇に配置されている。

さて、これまでの当サイトでのハイパー操作系の説明では、Z-1Pでは操作の第一歩としてハイパープログラムかハイパーマニュアルかを明示的に選択する必要があると書いた。プログラムモードとマニュアルモードの二つは明確に区切られており、ハイパーマニュアル中にIFボタン押しっぱなしで擬似的にプログラムモード的な動作をさせる事は出来るものの、ハイパープログラム中にハイパーマニュアル的な操作をすることは出来ず、二つの露出モードは制限付きかつ一方通行であった。

一方で、MZ-Sではなぜプログラムとマニュアルの間に壁のないシームレスな操作が可能なのかというと、これはMZシリーズ開始時に思い切って電子コマンドダイヤルを捨ててしまったことに起因する。Z系の操作系が不評であったからか、ペンタックスはMZの世代において、当時のAF一眼レフでは常識となっていた電子コマンドダイヤルを廃止してシャッターダイヤルを復活させるという英断に出た。同時に、絞り値操作のための電子コマンドダイヤルも廃止し、レンズ側絞りリングでの操作に一本化した。

2014年現在はこうした操作系はむしろ分かりやすいと評価され、富士XシリーズやニコンDfなどに採用され、また当時の段階でもニコンF4などに前例はあったものの、物理的に数字が書いてあるシャッターダイヤルを回すという一見MF時代に退化したかのような操作系は、当時のAF一眼レフとしてはかなり思い切ったインターフェースの転換であった。

この転換により、必然的にモードダイヤルは消滅し、物理ダイヤルを回して「優先したい方を手動操作し、そうでない方をオートに」という操作系が完成した。この操作系は、写真の基本が分かりやすいとして各写真学校やセミナーなどでも大好評だったそうだが、ライトユーザーにはカメラが今PASMのどの状態にあるのか分かりにくかったせいか、その後のMZ系下位機種ではモードダイヤルが復活し、末期にはシーン認識で光るようになったりもした。

さて、この方式には書いてあるシャッタースピードと書いてある絞り値しか選べないので、中間速度が選べない。そもそも、機械的にシャッターダイヤルがガバナーの機構と繋がっていた時代と違って、これらは物理シャッターダイヤルと言えども、その機能としては単なる電気スイッチである。

以上のような理屈があったのかどうかは知らないが、MZ-Sではシャッターダイヤルのみ電子コマンドダイヤルに戻された。一方、絞りダイヤルは相変わらずレンズ側の絞りリングを動かす方式になったのである。

いわばZ系とMZ系の折衷案のようなカメラになったのだが、このような操作性を採ったことによって、マニュアルモードとプログラムモードの垣根が取り払われることとなった。

レンズにはAポジションがあり、ここにセットすればレンズはオートで動作し、それ以外は各絞り値にセットされる。シャッターダイヤルには(電子コマンドダイヤルなので)Aポジションはないが、Tvオートボタンがその役目を担っており、Tvオートボタンを押せばオート、回せば即座にシャッター速度手動セットとなる。この方式だと誤操作であっても動かせば常時シャッター速度が変わってしまうため、それを防ぐ為のHOLDキーも設定されている。

このような部材配置なので、ハイパープログラムとハイパーマニュアルを切り替える必要が一切無いである。前回、プログラムを始めとするAEとマニュアルの最大の違いは露出計と露出パラメーターが連動するかどうかだと書いたが、この方式だと絞り及びシャッターダイヤルを両方Aから外した時点で、露出計とは切り離されてそれぞれ手動セットした値が優先される。つまりマニュアル露出である。そこからオートにしたい方をAに戻せば、戻さなかった方を優先するモード、そして両方Aに戻せばプログラムというわけだ。これで全ての露出モードがシームレスに繋がっていることになる。

Z系では不可能だったAEとマニュアルの複合を見事に成し遂げたわけであるが、代わりに失った物もある。それがマニュアルシフトと、Av-Tv間の自在な行き来である。これらの制限は二つとも、ボディ側からは制御出来ない絞りリングを操作部材に使ったことから発生している。

Z系ではどちらも電子コマンドダイヤルからの操作とし、絞りリングはボディ側から制御出来るAポジションが基本だったので「直前までAvモードだったが咄嗟にシャッターダイヤルの操作だけでTvにする」という動作が実現出来たが、MZ-Sでは必ずPを経由しなければならない。何故なら、絞りリングがA位置以外にいる場合はそれが優先されるので、Tvで必要とされる絞りの自動制御が効かないからである。このため一旦レンズをAポジションにする必要があり、結果としてAv→P→Tvの順にモードを切り替えることになる。マニュアルシフトも、Aポジション以外ではボディ側から絞りをシフト出来ないことから不可能なわけである。

そして、同じ理由からZ系で最も革新的だと思った機能である「M設定時のIFキー押しっぱなしで随時プログラム露出と同じ動作」という親指AEも不可能となっている。それどころか、ハイパーマニュアルの代名詞であるプログラムラインへの一発戻しも出来ない。マニュアル露出時にTvオートキーで変えられるのはシャッター速度だけなので、プログラムライン上に戻した瞬間に(シャッターはオートと見なされて)Avにモードが変わってしまうからである。

このように、MZ-Sの操作はハイパー操作系の考えを引継ぎつつも、MZ系の操作の基本に則った結果、全く別物となってしまっている。現在はいずれもハイパーオペレーティングシステムの名の下に同一視されているが、実際に見てみると各々が目指したものや、その結果提供される機能というのは異なった物である。

結局のところ、MZ-Sでのハイパーオペレーティングシステムというのは、絞りとSSそれぞれにAポジションと同軸でマニュアルセットポジションがあり、これらを「Aかそれ以外か」にすることで優先モードに移行するというものである。これはMZ系で既に完成していたが、ハイパー操作系に対応する為にシャッターダイヤルだけは電子ダイヤルに戻すことでZ系の良さも取り入れようとした。ただ、メカ的に絞りリングを操作部材として採用したことで、利点も失ってしまったのだ。

そして、この方式をペンタックスが受け継ぐことはなかった。レンズから絞りリングが消え去ってしまったからである。そもそもZ系では絞りリングは実質不要としたわけだし、単純にコストアップの要因でもあったのだろう。そして絞りリングの消え去ったDAレンズを使う以上、デジタル機でのハイパー操作系はZ系で提案されたものへと回帰した。

一方で、絞りとシャッター両方に Aポジションのある物理ダイヤルを持ち、それらを切り替えてPASMを使い分けるというMZ系で再提案された操作系は、2010年代になってペンタックス以外の各メーカーで再度見直されているように思える。ただ、それはMZ-5をはじめとするMZ系で確立した操作系であって、MZ-Sのハイパー操作系を再現したカメラは存在していないと言って良いだろう。