インターネット

無名サイトのつづき

伊東に行くなら

CMソングが有名な「思わず節回し付きで発音してしまう」宿泊施設といえば、東のハトヤ、西のニューアワジが二大巨頭だということについては、おそらくインターネット上でも異論がないだろう。

この両者、現在はどちらもローカルCMであることから関東在住の人間はハトヤは知っているがニューアワジを知らないし、関西在住の人間はニューアワジを知っているがハトヤを知らないといった構造があるが、各々の地方においては絶大な知名度があるところも含めて、やはりある意味で東西を代表する宿泊施設であることは間違いない。

なお、関東地方だとハトヤに次ぐ存在としてホテルニュー岡部、ホテル三日月、ホテルニュー塩原、白樺リゾート池ノ平ホテル辺りが「思わず節回し付きで発音してしまう」宿泊施設だが、今調べたら岡部や塩原は大江戸温泉物語グループ入りしていたりとなかなか波瀾万丈なようである。

で、上記の通り関東では抜群の知名度を誇るハトヤだが、実際に泊まったことがある人は果たしてどれほどいるだろうか。おそらくだが、知名度から考えればそれほど居ないのではないかと思われる。

今回は、その「知っているが行ったことはない」ハトヤについに宿泊することが出来たのでそれについてレポートするとともに、何故今ハトヤに泊まることにしたのかについて述べてみたい。

さて、実際ハトヤのある伊東であったり、あるいはその近隣の熱海といった旧来からの温泉地は個人旅行全盛の今、旅行先のイメージとしてはやや古臭さを感じることがある。具体的に言うと昭和の団体旅行の匂いがするのだ。部屋数豊富な巨大豪華ホテルにみんなで行ってみんなで過ごすというそれである。有名観光地に行くというだけでも大イベントだったというそういう時代感が見え隠れしてしまうのだ。とはいえ、こういう温泉地が繁栄したのも、大雑把に言ったら昭和の末頃までだろう。

また、こうした80年代頃までに繁栄した温泉地というのは、現代の温泉好きの目から見たときに必ずしも泉質が優れていたり、あるいは珍しかったりするというわけでもない。その上で、こうしたホテルの全盛期が80年代までであるから、現在からすると設備面でも古さを感じさせたりする。つまりこうした大規模温泉街の巨大ホテルというのは、言ってみれば「昭和の観光ホテル」であり、平成も終わり令和の時代においてはすでに過去の遺物になりつつあるのだ。

しかし、だからこそこうした「昭和の観光ホテル」に今行かなくてはならないとも言える。なぜなら、こうした昭和の観光ホテルはその多くが当時のニーズに合わせて作られており、現代においてその姿を「昭和の観光ホテル」のまま何処まで(いつまで)維持できるかは未知数だからである。

例えば、昔ながらの観光ホテルによくあった、新館がいくつもあってそれらを廊下でつないだ構造は、かつて増大する団体客に対応すべく拡張に次ぐ拡張を繰り返した結果である。だが、こういう新館というのは本館に隣接する土地に後から無理矢理建てられたものが多く、場合によっては崖に建てられていてフロアの基準面がそれぞれ違ったりしている。またこうした増設ばかりの構造のせいで迷路のようになっているホテルも多い。実際ハトヤではないが以前泊まった別のホテルでは部屋から大浴場に行くまでに迷ってしまったことがある。

さて、過去においてはそれでも大量の顧客を捌くというニーズには合致していたのだが、こうした団体旅行の時代が過ぎ去ると次第にその巨躯を持て余すホテルも増えてきた。巨大で豪華なホテルであればあるほど、おそらくは維持し続けるコストも相当にかかってしまう。規模が大きく、部屋数が多ければそれだけ人も必要になってくるからである。

また、当時は想定していなかったであろう事態として例えばバリアフリー化の流れがある。バリアフリーに対応する為には、少なくとも階段部にスロープは用意しなければならないが、こうした構造のホテルの場合あちらこちらに微妙な段差が存在していることが多い。当然これらの対策にもお金はかかる。

こうなればいっそ建て替えもしくは廃業ということになるのかもしれないが、いずれにしても全盛期の昭和の観光ホテルの姿はそこで消えることになる。

f:id:seek_3511:20200920204947j:plain

ハトヤのスロープ。配置は明らかに後付けである。

そして、こうしたホテルというのは先の通り、団体客を捌くことに特化していた。特に温泉街が形成されていない、もしくは温泉街から離れた位置に作られたホテルというのは、団体客を大量に受け入れる為に部屋数の多さはもちろん、大規模なホールやステージを持ち、自らの巨体の中にエンターテインメント要素をも内包する必要があった(温泉街がある場合はそちらで遊んでもらうのだが、離れているとそうもいかない)。

そうしたホテル内でのエンターテインメント要素としては、例えば何らかのショーやステージを開催したり、お土産コーナーを大規模化したり、あるいはゲームコーナーとカラオケ、それに麻雀室や卓球台といった施設が用意されていることが多い。また特に大規模なホテルになるとボウリング場が設置されていることもある。ここでボウリングというあたりがいかにも昭和といった感じだが、(宿泊客以外にも開かれたボウリング場併設というわけではなく)宿泊客の為だけに設置したボウリング場は維持管理と採算性に問題があるのか、現役で稼働しているホテルは全国規模で見てもさほど多くないようだ。

しかし、かつてワンストップで様々な娯楽を用意すれば評価された時代とは異なり、現在の観光のニーズは様変わりしている。個人客が自由に旅程を組むようになった結果、かつてのようなすべてをカバーするホテルのニーズは確実に減ってきていると言える。あらゆるエンターテインメントをほどほどに内包した幕の内弁当的な趣向は、裏を返せばどれもほどほどでしかないとも言えるのだ。

こうした事情から、大規模ホテルの中には時代の変化に取り残されて破綻してしまったところも多い。一時期の熱海や、現在の鬼怒川温泉の一部などはズラリと巨大ホテルの廃墟が並んでいたことで有名である。

そして仮に破綻を免れていても、こうしたホテルは先の通り「古いイメージ」で「実際設備も古い」のである。明治や大正期に建てられた旅館やホテルであれば「クラシックホテル」やら「歴史を感じる旅館」として持て囃されるというのに、1960~80年代に建てられたホテルは現在は個人客にとっては「単なる老朽化したホテル」でしかない。

もちろんこうしたホテルを格安ホテルとして再生する動きもあり、伊東園系列や大江戸温泉物語系列などの物件には、かつてであれば地場の大規模ホテルだったものも多い。もしお手軽にこうした昭和の観光ホテルを味わいたいのであれば、これらのホテルチェーンは注目に値する。

実のところ、こうした昭和の観光ホテルをピンポイントに探し当てることはあまり容易ではない。というのも、築年数が古いというのは予約サイト上ではマイナスになる上に、上記に挙げたような特定のチェーン以外は独立性が高く「予約サイトでこの条件で探せば昭和の観光ホテルに行き当たる」みたいなピンポイントな条件は存在しないと言ってよいからである。例えばクラシックホテルとかであれば検索条件に指定できるサイトもあるのだが……。

しいて言えばボウリング場があるとか公式サイトで館内図を眺めてみるとかといった方法があるが、それが効率的かというとそうでもない。手当たり次第に探すよりは幾分かマシ、といった程度である。

そして、こうした「昭和の観光ホテル」も、高度経済成長期にイケイケドンドンで拡張して以降更新されていないオールドなタイプと、(それよりは新しい)バブルの頃にこれまた潤沢な資金で建造されて盛大にやらかしてしまったタイプがある。どちらにもその時代なりの味があるが、いずれにせよ現代では設備は古く見劣りがすると評されることが多い。

ちなみに、こうした「昭和の観光ホテル」に注目する切っ掛けとなったのは、数年前友人たちと行った九州旅行のうち一泊に、無理矢理指宿いわさきホテルをねじ込んでもらったことから始まっている。同ホテルは知る人ぞ知るレトロゲームの聖地となっており、特に80年代に一世を風靡したセガ体感ゲームの品揃えが良いことで知られている。
※更に言えば、ホテルのゲーセンに注目したのはこれより前に(同じ友人たちと向かった)北海道のとあるホテルで偶然スペースハリアーのシングルクレードル筐体稼働機を見つけてプレーしたところまで遡る。

ここで「とにかく絨毯敷きだし明かりはシャンデリア的なものが付いている」「お土産コーナーがやたらデカい」「ボウリング場がある(稼働している)」「噴水的なものが屋内に作られている」といった、昭和の観光ホテルを体現する数々の装備を見て感銘を受けたのである。

……えーと、ずいぶん長い前置きになってしまったが、そういうわけで以前から昭和の観光ホテルは非常に気になっていて、その中でも抜群の知名度を誇るハトヤには是非行きたいということで、gotoトラベルのチカラを借りることでハトヤに行ってきたのである。ちなみに理解ある友人二名が同行してくれた。

各々住んでいる場所はバラバラなので伊東駅で集合し、無料の送迎バスでハトヤに向かう。行ったことある人はわかるかもしれないが、駅からは結構離れている上に、小高い丘の上に建っていることから徒歩よりも送迎バスをお勧めする次第だ。

f:id:seek_3511:20200920144506j:plain

ハトヤ本館。いわゆる「山の方」である

凝った意匠だが、どこか懐かしさを感じる──言い換えれば昭和のセンスの──正面玄関を仰ぎ見ると、ついにハトヤに来たという実感が沸々と湧いてきた。このカタカナで「ハ ト ヤ」と大書きするセンス、これが求めていたものである(ちなみに夜は赤く光る。満点だ)。

f:id:seek_3511:20200920144430j:plain

もっと大規模なところもあるが、増設棟が多い

正面にはホテル全体の空撮写真が置かれているが、見ての通り本館に対して増設棟が多い。手前の六角形のタワーは客室棟だが、下のフロアはホール(宿泊時にはバイキング会場)となっている。この本館とタワーを繋ぐ渡り廊下はハトヤの白眉と言って良いだろう。かつてこのタワーの側面には人口の滝があったようだが、現在は止められている(YouTube等にある過去のCMではこの部分が現役だったころのものもある)。ちなみに実際に宿泊したのは写真ではタワーの右手奥にある建屋であった。つまり夜は光るハトヤ看板を眺めることが出来る。満点だ。

また、CMでおなじみのハトヤ消防隊はこの渡り廊下本館側の付け根の辺りに車庫がある。消防車も健在であった。

f:id:seek_3511:20200920150055j:plain

渡り廊下。これを見るためにハトヤに行く価値がある

さて、この渡り廊下、スペーシーというかサイケデリックというか、ともかく独特のセンスでまとめ上げられているが、もはやこのようなものはここにしかないという意味で貴重な建造物である。猫の目状の窓や、腰まで張られた絨毯には、かつての時代の勢いを感じさせられる。

ちなみに夜は一層ムーディーで、スペーストンネルという言葉がふと脳裏を過っていった。そのまま高度経済成長期にタイムスリップしてしまいそうである。

f:id:seek_3511:20200920210213j:plain

ベタだけど、やっぱりこの廊下こそがハトヤの象徴だろう

また、こちらの(山側の)ハトヤは温泉の湧出量も豊富なので、温泉ホテルとしても申し分がない。露天風呂や海底温泉といった飛び道具ではサンハトヤ(海側)に分があるが、純粋に温泉としてみたらこちらの方が好ましかった。
ハトヤ宿泊者はサンハトヤにも入浴出来るチケットがもらえる。両者の間は無料の送迎バスで繋がれている。チェックアウト後でも使えるので、今回はチェックアウト後の午前中にサンハトヤに立ち寄ってから帰路についた。

ただし、サンハトヤの海底温泉は思った以上のエンターテインメントでもあった。風呂場の前に巨大水槽があって魚が泳いでるだけでこんなに面白いだなんて、ちょっと悔しいとさえ思ったのは事実だ。というか水槽の前で寿司食ったのがこれまでの水槽の前でした奇行の最長不倒記録だと思ってたけど、水槽の前で風呂入ってるのも全裸だし相当レベル高いよなって思った。
※なお寿司については詳しくはアクアマリンふくしまでググって欲しい。ここでは説明しないが、この寿司もキチンと意図の考えられた展示の一環である。

話を戻すと、宿泊した部屋は時代は感じるものの手入れは行き届いているし、お茶請けとして出されたハトヤサブレでもう心をわしづかみにされてしまった。

なお、ロビーから大浴場までの導線を始めとした主な廊下部分は真っ赤な絨毯敷きになっており、これもまた「一昔前の豪華さ」を感じるポイントであった。明かりは当然電球を多用したシャンデリアである。おそらくどちらも、今ホテルを作ったらこうはならないであろう。

そして建物・温泉と来たら気になるのは食事だろう。今回はせっかくなので夕食・朝食付きのプランを選んでみた。どちらもバイキング形式である。結果から言えば食事に満足はしているが、良くも悪くも「ホテルのバイキング」であり、それ以上でもそれ以下でもなく、想像する範囲内であったということをお伝えしておこう。とはいえそれも、古き良き時代そのままであると好意的に受け取ることは出来るだろうし、事実そう考えている。

また、これは今回特有だが、コロナウィルス対策の絡みでオペレーションにはあちこち不慣れな点があった。……が、この点においてホテル側を責める気にはなれない。客室の用意に時間がかかったり、バイキングにしても本来であればもっと大人数を入れるであろうところを制限しているなどはあったが、本来なら不要な手順があれこれ増えているのだから仕方がない。

しいて言えば、本来ならば夜食として設けられたラーメンコーナーが閉まったままだったのでそれを同行者は残念がっていた。なおほかにバーやカラオケ、麻雀室なんかも縮小営業ということで閉鎖されていた。

さて、こうしてハトヤを満喫してから、一夜明けたらチェックアウトを済ませてそのままサンハトヤに向かい、今度は海底温泉を楽しんでこの旅行はお開きとなった。立ち寄ったのは風呂だけなので、未だに三段逆スライド方式については謎のままである。それにしてもこのような酔狂な旅に付き合ってくれた友人には感謝をしてもしきれない。ありがたいことである。

今回、こうして念願のビッグネームだったハトヤを攻略(?)したわけだが、ハトヤを超えるような大規模観光ホテルはまだまだ存在する。願わくば、そうした場所が営業し続けているうちに一軒でも多く泊まれればと思っているのである。