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無名サイトのつづき

モノサシは伸びてゆく

写真に写したモノの大きさを伝えるというのは、簡単そうに見えて実は言うほど簡単なことではない。例えば旅先で、ガイドブックに載っている写真から想像していたよりも小さな盛り付けの料理が出てきてガッカリした経験を持つ人も多いことだろう。

ちょっとカメラを囓った人ならご存じかもしれないが、写真というのは焦点距離によってパースの付き方がガラッと変わるし、これはカメラの向きや傾きにも左右されてしまう。そしてそれらとは別の理由として、先のようなガイドブックの場合は料理だけが切り抜かれて掲載されることも多く、それが余計にそのものの大きさを分かりづらくしてしまう。

そこで大きさを伝える際によく使われるのが、比較対象になるものを被写体と同時に写し込むというやり方である。工事写真や資料写真などは寸法の面でも正確性が問われるため、写真の中に定規的なものを写しこむことが定められているものも多い。ちなみに工事写真によく写し込まれている赤白の定規はリボンロッドと言うそうな。

もちろん、定規を写し込むというのは正確性を期すためのものであって、定規ほどの厳密さが必要ではない用途も多い。ただ、厳密さは不要であっても、写真を見ている側に分かりやすくする為、比較対象として様々なものが写し込まれることはよくあることである。ガジェット等の紹介ではその機種の旧機種であったり、そうでもなければ身近な日用品としてペットボトルやタバコなどと並べて大きさを比較しているのがよく見られる。

旧機種はともかく、これら身近な日用品が物差し代わりになり得るのは、ひとえに見ている側の人間にもそのサイズが想像しやすいからである。もちろん厳密なサイズを伝えるのであれば先の通り定規を写し込むのが最善かもしれないが、手近なものを写し込むだけでも分かりやすさはグッと向上する。逆説的に言えば、こうした時に写し込まれる対象は多くの人がその大きさをイメージしやすい、いわば「寸法を共有した存在」でなくてはならない。

そうした前提を述べた上で、ここで2013年に書かれた次の記事を見て欲しい。

dailyportalz.jp

人気サイトであるデイリーポータルZに掲載されたこの記事では、あたかも「小盛」という概念が機能していないかのような盛りの良い店ばかりを巡って、それらのメニューの商品名とは裏腹のボリュームとそのおかしさを取り上げている。

そしてこの記事中では、三件目の店のメニューを紹介する際にサイズの目安としてスマートフォンを置いてその大きさを伝えようとしている。

記事の筆者自身箸やスマートフォンを置いて大きさに見当がつくようにしたが、今ひとつわかりづらいだろうか」と述べてはいるが、とにかくにもサイズ感を示す一つの目安としてスマートフォンが活用されているのである。

これは当時のスマートフォンが「誰もが持って(もしくは目にして)いるのでサイズ感を共有する方法としてふさわしい」と考えられていたと考えて良いだろう。iPhone等特定の機種名を挙げていないことからも「だいたいの目安」として考えられていただろうことは明らかである。

しかし、2020年にこの記事を読むと別の混乱が発生する。

登場時においては4インチですら大画面と呼ばれたスマートフォンという機械はその後長足の進化を遂げ、今では7インチに迫る大サイズが標準的になってしまった。記事が掲載された2013年といえば、4インチ台の機種が主流だった時代である。記事に掲載されているスマートフォンも(当然記事掲載以前に購入されたと考えれば)3~4インチ程度の端末であろう。2020年現在では3~4インチの端末はもはや小型スマートフォンに分類されている。

つまり、2020年の目線からすれば「この記事が2013年に書かれたものであり写し込まれているのは古の(現代の目からすれば)小型スマートフォンである」と認識して記事を読むか、それとも「この記事に写し込まれているのは現代同様のスマートフォンである」と認識するのかどうかで、読み手が感じる丼のサイズ感はかなり狂ってしまうのである。

そう、基準であり皆に共有された認識であるはずのモノサシの側が時とともに巨大化してしまい、モノサシがモノサシとして機能しなくなってしまったのだ。

……そういえば、この記事のポイントは小盛りって書いてあるのに実際に出てくるのは明らかな大盛りであり、小盛りという「基準が基準として機能していない」店とそのメニューのおかしみにあった。

そういう意味では、記事の掲載から数年の時を経てサイズの基準にしたはずのスマートフォンが巨大化してしまい「基準が基準として機能しなくなった」というパラドキシカルな出来事は、この記事に対してちょうどいい追加のオチになっているのではないかと思うのである。もちろん、元記事の筆者にとっては全く想定外の事象かもしれないのだけど。