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無名サイトのつづき

埋める人々

死体を埋める百合というネットミームがある。

ざっくり掻い摘んで言うと女性×女性のカップリングにおいて共に死体を埋めるというシチュエーションに関係性萌えを見出すというものであり、これのルーツについては下記のような先行研究が存在している。

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この偉大なる先人の足跡をなぞった上で今更何を言えるのだろうかという話であるのだが、こうした先行研究において未解明な点もわずかながら存在している。今日はそんなお話。

先の記事には"『死体を埋める◯◯(男男や男女、またはそれ以外を指す言葉)』という構文は百合以外に存在せず、かつ定着していないと認識している"とある。実際に男女カップルやゲイカップルにおいてのそれを考えてみると、確かに「死体を埋める百合」に相当するキャッチーな言葉は生まれていないように思える。

仮にそのまま当てはめてみるとして「死体を埋めるカップル」はいかにも普通(サスペンスドラマとかではありそう)だし「死体を埋めるゲイ」もなんだかあんまりエモさを感じない。死体を埋めるというシチュエーションに萌えを感じるのは、どうやら確かに女×女の時だけのようだ。つまりこのネットミームは女性二人でなくては成立しないと考えられているのである。

ではこの独特の情緒は何処から来るのだろうか?

まず最初に言っておきたいのは、ここで言う死体というのは百合の関係性を強化するマクガフィンであって、実際のところ誰がどんな方法で殺されたかといった部分にはたいした意味を持たないということである。結局のところここで最も大事なのは、目の前に死体があり、それを処理しなければならないというシチュエーションの方にある。

その上で萌えポイントを挙げるとすれば「死体を誰かと共に埋める状況」というのは誰にも言えない秘密の中でも最上級のそれであり、心を許していなければ他人に絶対に打ち明けることは出来ないという点にある(ここでは偶然巻き込まれるタイプについては置いておく)。

そもそも百合という関係性も程度こそあれ最終的に同性愛方向に接続されるのは否定しきれず、ややアブノーマルで背徳的な面を持ち合わせている。そうした若干の後ろめたさのある関係性に対して、それを大きく超えるようなそれこそ「後ろめたいどころでは済まない出来事」が二人の関係性に突然降りかかってくるのである。

改めて言うまでもなく死体遺棄は犯罪である。故に「死体を処理しなくてはならない」と誰かに打ち明けるだけでも大変な勇気を必要とする。まして共に埋めるというのであればその瞬間から共犯者になってしまう。これはあまりにも重い出来事であり、逆に言えばその重さを受け入れるという関係性に対して心が動く(萌える)面があるのだろう。

……で、もしそれが萌えの源泉なのであれば、むしろ性別って関係なくない? っていうのが疑問として発生する。各々が置かれた状況はあるにせよ、少なくとも死体を埋めなくてはならないというのは、老若男女どんな人にとっても一大事である。そしてそうであるならば、上記のような重さやそれに伴う萌えは女性の同性カップルに限る話でもないはずだ。なのに、ネットミームになるのは百合だけなのだ。

一体それは何故なのか。ここで仮説として挙げたいのは「男性であれば死体処理くらいなんとかこなせそう」という意識(?)の存在である。実際そんな簡単な話でないはずなのだが、どういうわけか我々の頭の中には「男性は死体処理が出来て、女性は死体処理が出来ない」という暗黙の了解が存在している気がしてならない。

もちろん、腕力や基礎体力からしても男性の方が有利なのは確実だ。前述のシチュエーションでは「死体を埋める」という点にフォーカスしているが、実際穴を掘るのも男性の方が得意だろうことは間違いない。そして男性一人が誰かを埋めるシーンはなんとなく想像が付くが、女性一人だと難しそうというイメージもある。

つまり、女性は死体処理──しかも「埋める」──という点についてはどうあっても半人前なのである。一人だけでは死体を埋めることすらも叶わないのだ。

そしてこれが「死体を埋める百合」における萌えポイントにも繋がるのではないかと考えられる。すなわち「一人では埋められず、かといってこんな秘密を明かせる人間などそうそう居ない……そして仮に打ち明けて協力を得られたとしても、二人が完全に協力してようやく達成出来るかどうか」というギリギリの課題、それが死体を埋めるという行為なのである。

で、ここに男性が登場するとどうなるかというと、埋めること自体はクリア出来そうなのでその先の段階が登場する。すなわちより証拠が残らないようにとか、手早く効率化するとかである。こうなるともう方法論なので、萌えポイントというよりはミステリの領域に入っていくだろう。

故に、死体を埋める百合は百合でなければ成立しないのである。たぶん。