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無名サイトのつづき

フジヤマ

突然思い立って富士山に登ってきた。

文書にするとなんと一行で終わってしまうのだが、それではこのブログが続かないので一体どうしてそんなことになったのかについてもう少し詳しく述べていきたい。

前回の記事でも述べたのだが、趣味としての登山というのは実のところちっとも理解が出来ない。わざわざ貴重な時間とカネ払って疲れに行く行為は他にも沢山あるが、高いところに登るのはその中でもかなり大変だからである。

前回はそれでも温泉という大義名分があったが、今回はそれもない。ただ富士山に登るだけである。ではなんで富士山なのかというと、まぁ単純に一番有名で一番高い山だ(しかし一番難しい山というわけではない)からである。

「一番難しいわけではない」というところが重要で、つまり登山の初心者ですらない身で難しい山なんかに行ったら途中で落ちるか道に迷うか、それとも熊に襲われるか。いずれにしろワンチャン死まであるので、それはいかにもおっかない。

この点、富士山というのは多くの人が目指すことからそもそもの登山者も多く、やや誇張された伝説(?)が存在したり、山としては難易度が低いという意見も多々耳にする。半袖短パンサンダルで登ってきた外人がいるだの、小学生や老人でも登れる山だの、あれは山では無く単なる坂道だから山としては認めないなんて言い方もどこかで見た気がする。おそらくそれらは事実なのだろう。

一方で、そうであっても山は山であるし、単に標高だけを取ってみれば日本にはこれより高い山も他にないわけで、これら軽視気味の話とは反対に山を舐めるなという意見も数多く目にする(当たり前だが、基本的には全ての富士登山ガイドが山を舐めるなという筆致で書かれている)。

つまり評価が両極端というか、有名な割には人々の言ってることが違っていて、よく分からんのが富士登山なのである。

なので、いっぺん行ってみようと思ったのだ。日本人であれば一生に一度は登るべきといった意見も目にするし、登山という行為を全く理解出来ない身でも富士山まで登ってみれば何かしら分かることもあるだろう。もちろん先に述べた通り富士山は「山」としてはひょっとしたらイージーモード程度の存在なのかもしれないが、それでも日本の最高峰であり、イージーモードでエンディングを見たくらいの実績にはなるだろう。

というわけで、思い立ったタイミングが9月の始め。

このタイミングというのも実は重要である。というのも、富士山は登山者の多さもあって通常はマイカーで登山口まで行くことが制限されている(マイカー規制)。一部の登山口は開山期間を通してずっとマイカー規制が敷かれているが、時期に応じて規制が解除されるところもある。そしてマイカーが使えれば時間の使い方もかなり自由になる。ただし、2022年においてはマイカー規制の解除から閉山までは週末1.5回(土日一回+その次の土曜日)分しかない。今回はこの少ないチャンスに狙いを定めることとした。

さて、会社勤めの身ではこの土日でまとめることが求められるわけで、こうなるとあまり悠長なことはしていられない。よって山小屋に泊まったり、ご来光を拝んだりといった富士定番アクティビティについてはスッパリ諦めることにした。

タイムスケジュールはこうである。金曜日の夜に荷物をまとめてマイカー規制が解除されている登山口の駐車場までたどり着き、車の中で仮眠を取る(高度に対する順応の意味もある)。登りコースタイム6時間を信じて朝方にスタートし、明るいうちに頂上までたどり着く。そして日が暮れる前に駐車場まで降りてくるという作戦である。使える時間としては概ね12時間くらいだろうか。日帰りではあるが、高度順応なしで夜通し歩くいわゆる弾丸登山ではなく、ひたすら朝から昼歩くということになる(必然的にご来光は見られない)。

正直なところ、いくら整備されていて人も沢山居るとはいえ、夜も明けていない山に挑むというのは気が引ける。そういう意味ではずっと明るいうちに歩いた方が気も楽だろうという話だ。

かくして、天気が大きくは崩れなさそうという予報を確認して9月第一週の週末に決行することとした。心の中にいる山を舐めるなおじさんが山を舐めるなと囁いていたので、服装や装備はきちんと登山用のものを選定した。

で、夜も明けないうちから須走口五合目駐車場に潜り込むと、やはり残り少ないチャンスとあって皆同じ事を考えているのか駐車場はほとんど満車だった。夜から登り始めるご来光狙いの登山者も多いようだったが、まずはゆっくり寝ることとした。徹夜状態でアタック出来るほど体力に自信があるというわけでもないのだし。

……AM6:00頃、起床。簡単に荷物をまとめて、いよいよアタック開始である。

さて、こうして富士山に登った今になってみると、先の怪しい伝説や噂話は本当だったし富士登山が登山の中ではイージーモードだという言われ方をする理由も良く分かった。しかしイージーモードであっても一応ラスボスに相応しい程度の歯ごたえはあった……というのが率直な感想である。

まずそもそも人が多い。そして人が多いことを前提に各ルートが組まれているため、登山道はだいたい幅が広いし足下の状況も良い。案内はしっかりしていて道の痕跡とテープを探し回る必要もほとんどない。そもそも他の人が歩いている方に行けばいいのだ。これらの人の多さは当然施設にも反映されており、適宜山小屋が配置されている。利用はしなかったが食事や給水、休憩やトイレといった問題はほぼこれらで解決することが出来る。つまり総じてよく整備されている。

そうした場所なので、ある程度体力に覚えのある人はTシャツに短パンでも登れてしまう。流石に足下は登山靴の方が安全なのは確かだが、スニーカーくらいであればおそらく登頂出来てしまうだろう。

また、小学生や高齢者が登れる山だというのも事実で、実際にそういう人達をたくさん見たので間違いない。上記の通り登山道はしっかりしているので、一定の体力があればなんとかなるだろう。

「山では無くただの坂道」という発言は、この足下の良さを揶揄した言葉なのだろう。本格的な登山はしたことはないが、赤湯温泉への道程では道の痕跡がまばらなところもあれば、ほとんど崖なのではみたいなところを恐る恐る歩いた記憶もある。時に道の形を見失いテープを見回したこともあった(これは経験不足起因でもある)。それに比べれば道がしっかりしていてただひたすらに登るだけなので、登山を構成する要素として道が良すぎて物足りないという人はおそらく存在するのだろう。

では、富士登山というのは楽だったのか? と聞かれるかもしれないが、これに関しては楽なわけではなくイージーモードでもボスはボスである。

なんせ結局頂上付近に着いたのはコースタイムをだいぶ超過して15時頃(9時間弱)だったのだ。八合目辺りまではそれなりにいいペースを維持していたのだが、そこから先、頂上は見えているのにちっとも進まないあたりでやや心が折れかけて、休み休みでダラダラ登っていたのでずいぶん長く掛かってしまった。これもあってお鉢巡りはしていないし、剣が峰にも行っていないので完全登頂かというとやや怪しさもあるのだが、とりあえず上には登ったので登頂ということにして欲しい。

いくら道が良くて、設備が整っていて、周囲に人が沢山居て、よほどのことが無い限り危険を感じない恵まれ環境とはいっても、そこは高度3,000m以上の高地である。おまけに登り始めで霧雨だった天気は時にしっかり雨になったり、そうかと思えば雲を越えるとずっと太陽が降り注ぐので翌日以降日焼けに悩まされたり(迂闊にも日焼けするという考え自体なかった)と、高い山なりの洗礼は確かに存在した。

幸いにして怪我等はなく、足の痛みもすぐに引いたのだが、これを書いている今も爪には内出血の跡があるのでそれなりに身体も酷使したようだ。

さて、こうして苦労して登ったはいいが、やることはというと特になく、しいて言えば童謡にあるように富士山の上でおにぎりを食べる実績を解除したくらいである。一年生からはだいぶ経ってしまったし、友達が百人出来ることもなかったが、それはそうと生きていれば富士山の上でおにぎりを食べることは出来る。そのくらいしかないとも言う。

実際、そのくらいしかないのだ。

先に述べた人の多さから、富士山は登山道の主要区間で携帯電話が通じ、もちろん山頂でもTwitterを見たりSMSを送ることが出来る。日本一高い場所でTwitterが出来る幸せを噛み締めながら百人よりはだいぶ少ないリアル友人にリプライを投げていたら、もうやることがなくなってしまった。そして、15時過ぎに到達という歩みの遅さを考えてもこれ以上ここにいるわけにもいかない。ヘッドランプ等は持っているし最悪山小屋等で休むことも出来るのだが、当初の予定と自身のスキルからすれば明るいうちに下山するのがスジだろう。

というわけで、達成感に満ちあふれるはずだった山頂での時間は麓のコンビニで買っておいたタラコおにぎりとTwitterで浪費されてしまった。良くも悪くもあとは帰るだけなのだ。

ところで駐車場(約2,000m)から山頂(約3,700m)まで登ってきたということは、つまり同じだけ降りなければ帰れないということでもある。流石に登るよりはだいぶ早かったがそれでも数時間はかかるもので、17:30過ぎまでかかって駐車場に着き富士登山は無事終了した(最終的には概ね当初の計画通りということになる)。

さて、結局登山の何が楽しいのかは未だに分からない。

しかし、少なくともイージーモードはクリアしたのだし、今後は胸を張って登山の何が楽しいのか分からないと言えそうである。それだけでも価値はあったと言えよう。