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無名サイトのつづき

GOTOトラベルトレーディングカードゲームのススメ

始まる前は賛否両論あったが、なんだかんだで話題にはなっているし活用している人も多いGOTOトラベル。

10月からはこれまで行われていた宿泊費の35%補助に加えて15%相当の地域共通クーポンも発行されており、また除外されていた東京都民の利用並びに東京都発着の旅行が補助対象になったということで、今まで以上の盛り上がりを見せている。

そんな中で、ふと気になったことがあった。

今回配布されるGOTOトラベルによる地域共通クーポンには「宿泊地もしくは隣接する都道府県でしか使えない」という制限があり、券面はすべて共通ながら、発行された地域ごとにクーポン対象地域の表記が異なるという特徴がある。……つまり、この地域共通クーポンには全部で47種類の異なる券面が存在するのである。

また、券面の種類は47種類だが実のところ更なるバージョン違い要素があり、予約成立の時点で所在が確定している宿泊施設向けクーポンは地域欄が印刷済だが、そうではない旅行代理店向けクーポンは白紙+宿泊地に応じた地域シールをあとから貼付けしているとのことである。つまり、印刷とシールのバージョン違いまでコンプリートしようとすると47×2バージョンで94種類あることになる。

……ということでこれはもう一種のトレーディングカードであると言っても良いだろう。

券面の種類が全て異なり47種類もあるのであれば、当然全種類コンプしてみたくなるのがマニアの性である。また、この地域共通クーポンは2020年という年の記録、そしてCOVID-19と日本国の戦いの記録として後世に語り継がれるものの一つとなる可能性も高い。COVID-19の流行がなければこのような施策が行われることはなかっただろし、GOTOトラベルの予算がなくなれば当然クーポンも発行されなくなる。というわけで、当初から数量限定であることも明らかにされている。もし47種類のカードをコンプリートするのであれば、限られた時間の中で集め切らなければならないというわけだ。

というわけで、ちょっとこのGOTOトラベルトレーディングカードゲームについて考えてみた。まず、券面は全都道府県に各一種類で合計47種類存在する。この47種類のコンプリートが目標となるだろう(ひとまず印刷とシールの違いは置いておく)。

これらのカード(クーポン)の入手にあたっては「各都道府県の宿泊費が3,334円以上の宿泊施設に宿泊する」必要がある。これは宿泊費の15%相当額(の500円単位切上)がクーポンとして発行されるため3,334円がクーポンを取得出来る理論上の最低価格になるからである。この場合は3,334円の15%が500.1円となり500円以上の切り上げとして1,000円分のクーポンが獲得できる。

あとは単純で、基本的にはこれを全て異なる都道府県において47回繰り返せば完了である。額面上の必要価格は3,334円×47泊で156,698円必要になるが、GOTOトラベルの宿泊費補助が効くため、実際はここから54,844円引かれることになり、101,854円となる。

もちろん交通費はここに含まれていないが、50泊近くする文字通りの日本一周、それも全県における宿泊というとてつもないトロフィーが獲得できるわりには思ったよりも安いというのが正直な感想ではないだろうか。GOTOトラベルの威力たるや凄まじいものがある。このようなバカバカしい旅程は、そもそもGOTOトラベルがなければ思いつかなかっただろう。

なお、時間がない人向けにRTA(Real Travel Attack)の手法を考えるとしたら、地域共通クーポンは宿泊時ではなくチェックイン時に渡されるという仕組みを利用して、チェックイン→クーポン取得→即チェックアウト→隣の県に移動してチェックイン(以下移動してチェックインが可能な限界時刻まで繰り返し)というテクニックを駆使することで、一日だけで複数種類のクーポンを取得することも可能だろう。

もしクーポンを金券として利用するつもりなら利用期間と地域の制限が厳しい(チェックイン当日から翌日までの実質一日半)というのに一日で複数地域のクーポンをかき集めるのは自殺行為だが、このRTAではハナからクーポンを金券として利用するつもりはない。だからこそのテクニックと言えるだろう。

もちろん、事実上の不泊となるのでホテルや旅館の人からいい顔はされないだろうことは間違いないが……。

これらのテクニックを駆使すれば、47泊(つまり最低48日間の旅程)を組まずとも地域共通クーポンのコンプリートが可能になる可能性もある。我こそはという旅行好きは、2020年の今だからこそ、今しか集められないクーポンのコンプリートに旅立ってはいかがだろうか。

 

なお計算上そのまま使えば47,000円分になる金券をドブに捨てることになるのは言うまでもない。

伊東に行くなら

CMソングが有名な「思わず節回し付きで発音してしまう」宿泊施設といえば、東のハトヤ、西のニューアワジが二大巨頭だということについては、おそらくインターネット上でも異論がないだろう。

この両者、現在はどちらもローカルCMであることから関東在住の人間はハトヤは知っているがニューアワジを知らないし、関西在住の人間はニューアワジを知っているがハトヤを知らないといった構造があるが、各々の地方においては絶大な知名度があるところも含めて、やはりある意味で東西を代表する宿泊施設であることは間違いない。

なお、関東地方だとハトヤに次ぐ存在としてホテルニュー岡部、ホテル三日月、ホテルニュー塩原、白樺リゾート池ノ平ホテル辺りが「思わず節回し付きで発音してしまう」宿泊施設だが、今調べたら岡部や塩原は大江戸温泉物語グループ入りしていたりとなかなか波瀾万丈なようである。

で、上記の通り関東では抜群の知名度を誇るハトヤだが、実際に泊まったことがある人は果たしてどれほどいるだろうか。おそらくだが、知名度から考えればそれほど居ないのではないかと思われる。

今回は、その「知っているが行ったことはない」ハトヤについに宿泊することが出来たのでそれについてレポートするとともに、何故今ハトヤに泊まることにしたのかについて述べてみたい。

さて、実際ハトヤのある伊東であったり、あるいはその近隣の熱海といった旧来からの温泉地は個人旅行全盛の今、旅行先のイメージとしてはやや古臭さを感じることがある。具体的に言うと昭和の団体旅行の匂いがするのだ。部屋数豊富な巨大豪華ホテルにみんなで行ってみんなで過ごすというそれである。有名観光地に行くというだけでも大イベントだったというそういう時代感が見え隠れしてしまうのだ。とはいえ、こういう温泉地が繁栄したのも、大雑把に言ったら昭和の末頃までだろう。

また、こうした80年代頃までに繁栄した温泉地というのは、現代の温泉好きの目から見たときに必ずしも泉質が優れていたり、あるいは珍しかったりするというわけでもない。その上で、こうしたホテルの全盛期が80年代までであるから、現在からすると設備面でも古さを感じさせたりする。つまりこうした大規模温泉街の巨大ホテルというのは、言ってみれば「昭和の観光ホテル」であり、平成も終わり令和の時代においてはすでに過去の遺物になりつつあるのだ。

しかし、だからこそこうした「昭和の観光ホテル」に今行かなくてはならないとも言える。なぜなら、こうした昭和の観光ホテルはその多くが当時のニーズに合わせて作られており、現代においてその姿を「昭和の観光ホテル」のまま何処まで(いつまで)維持できるかは未知数だからである。

例えば、昔ながらの観光ホテルによくあった、新館がいくつもあってそれらを廊下でつないだ構造は、かつて増大する団体客に対応すべく拡張に次ぐ拡張を繰り返した結果である。だが、こういう新館というのは本館に隣接する土地に後から無理矢理建てられたものが多く、場合によっては崖に建てられていてフロアの基準面がそれぞれ違ったりしている。またこうした増設ばかりの構造のせいで迷路のようになっているホテルも多い。実際ハトヤではないが以前泊まった別のホテルでは部屋から大浴場に行くまでに迷ってしまったことがある。

さて、過去においてはそれでも大量の顧客を捌くというニーズには合致していたのだが、こうした団体旅行の時代が過ぎ去ると次第にその巨躯を持て余すホテルも増えてきた。巨大で豪華なホテルであればあるほど、おそらくは維持し続けるコストも相当にかかってしまう。規模が大きく、部屋数が多ければそれだけ人も必要になってくるからである。

また、当時は想定していなかったであろう事態として例えばバリアフリー化の流れがある。バリアフリーに対応する為には、少なくとも階段部にスロープは用意しなければならないが、こうした構造のホテルの場合あちらこちらに微妙な段差が存在していることが多い。当然これらの対策にもお金はかかる。

こうなればいっそ建て替えもしくは廃業ということになるのかもしれないが、いずれにしても全盛期の昭和の観光ホテルの姿はそこで消えることになる。

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ハトヤのスロープ。配置は明らかに後付けである。

そして、こうしたホテルというのは先の通り、団体客を捌くことに特化していた。特に温泉街が形成されていない、もしくは温泉街から離れた位置に作られたホテルというのは、団体客を大量に受け入れる為に部屋数の多さはもちろん、大規模なホールやステージを持ち、自らの巨体の中にエンターテインメント要素をも内包する必要があった(温泉街がある場合はそちらで遊んでもらうのだが、離れているとそうもいかない)。

そうしたホテル内でのエンターテインメント要素としては、例えば何らかのショーやステージを開催したり、お土産コーナーを大規模化したり、あるいはゲームコーナーとカラオケ、それに麻雀室や卓球台といった施設が用意されていることが多い。また特に大規模なホテルになるとボウリング場が設置されていることもある。ここでボウリングというあたりがいかにも昭和といった感じだが、(宿泊客以外にも開かれたボウリング場併設というわけではなく)宿泊客の為だけに設置したボウリング場は維持管理と採算性に問題があるのか、現役で稼働しているホテルは全国規模で見てもさほど多くないようだ。

しかし、かつてワンストップで様々な娯楽を用意すれば評価された時代とは異なり、現在の観光のニーズは様変わりしている。個人客が自由に旅程を組むようになった結果、かつてのようなすべてをカバーするホテルのニーズは確実に減ってきていると言える。あらゆるエンターテインメントをほどほどに内包した幕の内弁当的な趣向は、裏を返せばどれもほどほどでしかないとも言えるのだ。

こうした事情から、大規模ホテルの中には時代の変化に取り残されて破綻してしまったところも多い。一時期の熱海や、現在の鬼怒川温泉の一部などはズラリと巨大ホテルの廃墟が並んでいたことで有名である。

そして仮に破綻を免れていても、こうしたホテルは先の通り「古いイメージ」で「実際設備も古い」のである。明治や大正期に建てられた旅館やホテルであれば「クラシックホテル」やら「歴史を感じる旅館」として持て囃されるというのに、1960~80年代に建てられたホテルは現在は個人客にとっては「単なる老朽化したホテル」でしかない。

もちろんこうしたホテルを格安ホテルとして再生する動きもあり、伊東園系列や大江戸温泉物語系列などの物件には、かつてであれば地場の大規模ホテルだったものも多い。もしお手軽にこうした昭和の観光ホテルを味わいたいのであれば、これらのホテルチェーンは注目に値する。

実のところ、こうした昭和の観光ホテルをピンポイントに探し当てることはあまり容易ではない。というのも、築年数が古いというのは予約サイト上ではマイナスになる上に、上記に挙げたような特定のチェーン以外は独立性が高く「予約サイトでこの条件で探せば昭和の観光ホテルに行き当たる」みたいなピンポイントな条件は存在しないと言ってよいからである。例えばクラシックホテルとかであれば検索条件に指定できるサイトもあるのだが……。

しいて言えばボウリング場があるとか公式サイトで館内図を眺めてみるとかといった方法があるが、それが効率的かというとそうでもない。手当たり次第に探すよりは幾分かマシ、といった程度である。

そして、こうした「昭和の観光ホテル」も、高度経済成長期にイケイケドンドンで拡張して以降更新されていないオールドなタイプと、(それよりは新しい)バブルの頃にこれまた潤沢な資金で建造されて盛大にやらかしてしまったタイプがある。どちらにもその時代なりの味があるが、いずれにせよ現代では設備は古く見劣りがすると評されることが多い。

ちなみに、こうした「昭和の観光ホテル」に注目する切っ掛けとなったのは、数年前友人たちと行った九州旅行のうち一泊に、無理矢理指宿いわさきホテルをねじ込んでもらったことから始まっている。同ホテルは知る人ぞ知るレトロゲームの聖地となっており、特に80年代に一世を風靡したセガ体感ゲームの品揃えが良いことで知られている。
※更に言えば、ホテルのゲーセンに注目したのはこれより前に(同じ友人たちと向かった)北海道のとあるホテルで偶然スペースハリアーのシングルクレードル筐体稼働機を見つけてプレーしたところまで遡る。

ここで「とにかく絨毯敷きだし明かりはシャンデリア的なものが付いている」「お土産コーナーがやたらデカい」「ボウリング場がある(稼働している)」「噴水的なものが屋内に作られている」といった、昭和の観光ホテルを体現する数々の装備を見て感銘を受けたのである。

……えーと、ずいぶん長い前置きになってしまったが、そういうわけで以前から昭和の観光ホテルは非常に気になっていて、その中でも抜群の知名度を誇るハトヤには是非行きたいということで、gotoトラベルのチカラを借りることでハトヤに行ってきたのである。ちなみに理解ある友人二名が同行してくれた。

各々住んでいる場所はバラバラなので伊東駅で集合し、無料の送迎バスでハトヤに向かう。行ったことある人はわかるかもしれないが、駅からは結構離れている上に、小高い丘の上に建っていることから徒歩よりも送迎バスをお勧めする次第だ。

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ハトヤ本館。いわゆる「山の方」である

凝った意匠だが、どこか懐かしさを感じる──言い換えれば昭和のセンスの──正面玄関を仰ぎ見ると、ついにハトヤに来たという実感が沸々と湧いてきた。このカタカナで「ハ ト ヤ」と大書きするセンス、これが求めていたものである(ちなみに夜は赤く光る。満点だ)。

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もっと大規模なところもあるが、増設棟が多い

正面にはホテル全体の空撮写真が置かれているが、見ての通り本館に対して増設棟が多い。手前の六角形のタワーは客室棟だが、下のフロアはホール(宿泊時にはバイキング会場)となっている。この本館とタワーを繋ぐ渡り廊下はハトヤの白眉と言って良いだろう。かつてこのタワーの側面には人口の滝があったようだが、現在は止められている(YouTube等にある過去のCMではこの部分が現役だったころのものもある)。ちなみに実際に宿泊したのは写真ではタワーの右手奥にある建屋であった。つまり夜は光るハトヤ看板を眺めることが出来る。満点だ。

また、CMでおなじみのハトヤ消防隊はこの渡り廊下本館側の付け根の辺りに車庫がある。消防車も健在であった。

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渡り廊下。これを見るためにハトヤに行く価値がある

さて、この渡り廊下、スペーシーというかサイケデリックというか、ともかく独特のセンスでまとめ上げられているが、もはやこのようなものはここにしかないという意味で貴重な建造物である。猫の目状の窓や、腰まで張られた絨毯には、かつての時代の勢いを感じさせられる。

ちなみに夜は一層ムーディーで、スペーストンネルという言葉がふと脳裏を過っていった。そのまま高度経済成長期にタイムスリップしてしまいそうである。

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ベタだけど、やっぱりこの廊下こそがハトヤの象徴だろう

また、こちらの(山側の)ハトヤは温泉の湧出量も豊富なので、温泉ホテルとしても申し分がない。露天風呂や海底温泉といった飛び道具ではサンハトヤ(海側)に分があるが、純粋に温泉としてみたらこちらの方が好ましかった。
ハトヤ宿泊者はサンハトヤにも入浴出来るチケットがもらえる。両者の間は無料の送迎バスで繋がれている。チェックアウト後でも使えるので、今回はチェックアウト後の午前中にサンハトヤに立ち寄ってから帰路についた。

ただし、サンハトヤの海底温泉は思った以上のエンターテインメントでもあった。風呂場の前に巨大水槽があって魚が泳いでるだけでこんなに面白いだなんて、ちょっと悔しいとさえ思ったのは事実だ。というか水槽の前で寿司食ったのがこれまでの水槽の前でした奇行の最長不倒記録だと思ってたけど、水槽の前で風呂入ってるのも全裸だし相当レベル高いよなって思った。
※なお寿司については詳しくはアクアマリンふくしまでググって欲しい。ここでは説明しないが、この寿司もキチンと意図の考えられた展示の一環である。

話を戻すと、宿泊した部屋は時代は感じるものの手入れは行き届いているし、お茶請けとして出されたハトヤサブレでもう心をわしづかみにされてしまった。

なお、ロビーから大浴場までの導線を始めとした主な廊下部分は真っ赤な絨毯敷きになっており、これもまた「一昔前の豪華さ」を感じるポイントであった。明かりは当然電球を多用したシャンデリアである。おそらくどちらも、今ホテルを作ったらこうはならないであろう。

そして建物・温泉と来たら気になるのは食事だろう。今回はせっかくなので夕食・朝食付きのプランを選んでみた。どちらもバイキング形式である。結果から言えば食事に満足はしているが、良くも悪くも「ホテルのバイキング」であり、それ以上でもそれ以下でもなく、想像する範囲内であったということをお伝えしておこう。とはいえそれも、古き良き時代そのままであると好意的に受け取ることは出来るだろうし、事実そう考えている。

また、これは今回特有だが、コロナウィルス対策の絡みでオペレーションにはあちこち不慣れな点があった。……が、この点においてホテル側を責める気にはなれない。客室の用意に時間がかかったり、バイキングにしても本来であればもっと大人数を入れるであろうところを制限しているなどはあったが、本来なら不要な手順があれこれ増えているのだから仕方がない。

しいて言えば、本来ならば夜食として設けられたラーメンコーナーが閉まったままだったのでそれを同行者は残念がっていた。なおほかにバーやカラオケ、麻雀室なんかも縮小営業ということで閉鎖されていた。

さて、こうしてハトヤを満喫してから、一夜明けたらチェックアウトを済ませてそのままサンハトヤに向かい、今度は海底温泉を楽しんでこの旅行はお開きとなった。立ち寄ったのは風呂だけなので、未だに三段逆スライド方式については謎のままである。それにしてもこのような酔狂な旅に付き合ってくれた友人には感謝をしてもしきれない。ありがたいことである。

今回、こうして念願のビッグネームだったハトヤを攻略(?)したわけだが、ハトヤを超えるような大規模観光ホテルはまだまだ存在する。願わくば、そうした場所が営業し続けているうちに一軒でも多く泊まれればと思っているのである。

テンバイヤーを考える

いわゆるテンバイヤーと呼ばれる人達や転売という行為がある。

最近はこの転売というのもずいぶん身近になってしまった。例えばどこぞの知事がイソジンがCOVID-19に効くという発言をしたらあっという間に薬局から在庫が消え去り、その日の夕方にはフリマアプリに多数出品されていたという「事件」などは記憶に新しいし、それ以前だって除菌用アルコールやマスクは取り合いになりとうとう政府が動くレベルの騒動に発展してしまった。また、未だに一部の人気ゲーム機などは品薄が続いていることから、店側がいくら対策してもテンバイヤーが購入してしまうといった訴えすら出ている始末である。

このように、今の世の中ある意味テンバイヤーだらけなのである。そこで今回は、ちょっとテンバイヤーについて考えてみたい。まず始めに明らかにしておきたいのはテンバイヤーにもパターンというか類型があり、それは大きく二つに分類が出来るのではないかと思うのである。

まず第一に、定価があって需要よりも供給が少ない──原則として新品やそれに近い──ものを高値、つまり定価以上の価格で転売するタイプ(転売対象はチケット系や新型ゲーム機など)である。マスクやイソジンの転売もこちらに入るだろう。これを本稿では便宜上「新品テンバイヤー」と呼ぶことにする。

もう一つは、中古品を安価で購入して差益で稼ぐタイプ(原義の古本せどりなどが代表的)である。これはある意味での目利きでもあるが、転売を前提として購入しており、また後述するようなアンフェアなやり方をしているのであれば、やはりテンバイヤーと呼ぶことになるだろう。こちらは本稿では便宜上「中古テンバイヤー」と呼ぶ。

まず前者の新品テンバイヤーについてだが、これは「定価で買っても定価以上で売れる」から成立するビジネスモデル(?)だと言える。何故定価以上で売れるのかといえば、手に入れたいのにモノがなく、定価以上の金を払ってでも欲しい人がいる……つまり需要が供給を遙かに上回っているからである。たとえば新型ゲーム機などは初動では出荷台数が絞られる傾向にあり、またそのような状態ではほっといても売れる為価格競争もほとんどなく、基本的には定価販売が続くためこうした傾向が強い。

限定グッズやコンサートのチケットなども、基本的には供給数が決まっており、また容易に増やせない場合が多い。このためある程度人気があれば必然的に取り合いになるので、これも定価以上でも欲しいという人が現れる可能性が高い。

また、例外的に「新品だがある条件下で非常に安く買える」場合には定価以下で仕入れて定価(ないしは中古相場価格相当)で売るというパターンもある。例えば毎年家電量販店の福袋に多数の人が並び、元旦の午後にはその中身がネットオークションやフリマアプリに多数出品されているというのは毎年の風物詩扱いされている。こうした特価品は本来一人一品限りのはずなのだが、何故かそれをいくつも車に積み込んでいる姿が目撃されたりしており、要は人を集めてこうしたことを組織的にやっている連中も存在しているようである。

ただ、こうした姿からもわかる通り、こうした新品テンバイヤーは「仕入れ」にはそれなりのコストがかかる。需要と供給のバランスが崩れてない製品をテンバイヤーから買う馬鹿はいないし、ということは「(定価以上で売れる)供給の少ない製品を仕入れ」なければ何も始められないのである。

なので仕入れの為に並んだり抽選に応募することもあり、当然そういった部分にはコストも発生する。これは最終的にはテンバイヤーから買う人間がそのコストを肩代わりしているということになるわけだ。

なおこちらのタイプについては基本的に「新品」ないし「未使用」の製品が転売対象になり、テンバイヤーが介在したからといって製品の品質にほとんど変化がないことが前提となる。市中の店から買っても、テンバイヤーから買ってもゲーム機は使えるし、コンサートは鑑賞できるというのが前提となっている(なので、この前提を崩す為にコンサートにおいて購入者と来場者の一致を確認する転売対策が取られる場合もある)。

このタイプの転売は先に述べた通り「安く仕入れ」は出来ないが「高く売る」ことによって成立している。なので理論上「高く売れない」「テンバイヤーから買ったら使えない」のであればテンバイヤーは死滅することになる。

例えばとある作品のファンたちは鉄の結束でその作品のグッズやイベントチケットを「テンバイヤーからは買わない」とした結果、その作品での転売は成立しなくなってしまったという話も聞いたことがある。もっともこれは一人でも足抜けすれば総崩れになるので、すべてのジャンルの転売品でそれが出来るかというとそれは無理だろう。

ただ、そうでなくとも例えばゲーム機の品薄が解消されれば定価で買えるので、定価以上の値段で売っているテンバイヤーから買う理由はなくなるし、コンサートに本人認証が必要になってテンバイヤーから買ったチケットでは入場出来なくなったりすると、やっぱりテンバイヤーからは買う理由がはなくなる。

もちろん、ゲーム機のように再生産が比較的容易なものもあれば、限定版で最初から数量が決まっているもの、あるいはコンサートのように容易に供給を増やせないものがあるので根絶は難しいだろうが、対抗する方法はあり、また(定価以上で売られても儲けは増えず、むしろデメリットがあるので)本来の供給元も対策を打ち出しやすい……というか、打ち出さなければ本来取れたはずの利益が取れなくなるので、対策される可能性はあるのがこちらのタイプと言えるだろう。

こうした一方で、中古品を専門的に扱う「中古テンバイヤー」も存在する。こちらはいわゆる「せどり」が有名である。

元々せどりというのは、古書店などで安く売られている本を購入し、より高く買い取る専門書店などに持ち込むこと差益を稼ぐ行為を指していた。

さて、転売に限らず商売の大前提として儲けを得る為には「仕入れ値<販売価格」でなくてはならない。この点で新品テンバイヤーは定価で購入してもそれを上回るプレミア価格で売ることで差益を出していた。一方の中古テンバイヤーは「なるべく安く仕入れる」ことで利益を最大化することが出来るといえる。もちろんレア物の中には定価を上回る価格を付けているものもあるが、それらを的確に探し出すのはやはりある種の目利きの力がいると言えよう。

そういう意味で、原義的な(クラシックな)せどりはある種の職人芸だったと言う人がいるのも頷ける。埋もれている本を発掘し、より高価で並べてくれる本屋に売却するというのは──ときに古書店主よりも──本に精通していなければ出来ない所業である。 

そもそも既存の古書店のように「高い本は高く、安い本は安く」買い取るというのは、基本的には持ち込まれる本の価値を把握していなければいけないことになる。ある程度データベース的なものはあるにしても、結局は値付けをする側の知識が問われるわけである。しかし、実際にすべての本の価値を把握し続けることはおそらく不可能だし、そもそも古い本のうちで価値のあるものというのは稀でもある。

つまり、砂の山から砂金を見付けるのが古書店の仕事だし、このような(高度な専門性が必要な)仕事だからこそ、時には思いがけず取りこぼしていることもある。そこを拾うのがかつてのせどりだったとも言えるだろう。

……で、こうした古書店のややこしい部分をシステマチックにしたのが当初の新古書店のシステムであった。つまり、本来なら新刊書店で買うような本は高く買い取って(新刊よりは安く)高めに値付けしても(再販制度のため定価から値下がりすることのない)新刊よりは安いので売りやすく、逆に古い本は手間をかけて買取しても儲かる確率が低いのでほとんど一律で安く買い取ってそのまま安く売る……というものである。

要するに、砂金を探すことを諦めたのだ。発行年月という粗いフィルタで濾したら、あとはすべて砂であり、砂は砂なりの価値で棚に並べる、というわけである。このシステムのおかげで、誰でも、極端に言えば商品知識のないバイトが値付けしても店が成立するようになったのである。

しかしここに現代的なせどりの付け入るスキが存在した。発行年月日が古ければどんな本も(基本的には)価値が減じているという理論に基づいて買い取りを行う新古書店から「仕入れ<販売価格」になる本を探し出して転売する新タイプのせどりが生まれ、発展しているのだ。特に大手新古書店の場合、古ければ一律で100円で販売するスタイルを取っていたこともあり、棚の中に何冊かでも稀覯本が紛れていれば十分な利益を得ることが出来たのである。

しかし、そうは言っても稀覯本探しは先に述べた通り、砂山から砂金を探すような行為でもある。そこでテンバイヤー側もシステマチックになった。バーコードシステムの誕生である(ここではかつて流行った手法について解説する。最近ではあまり見なくなったが参考として)。

どういうことかというと、本の裏表紙に記載されているISBNバーコードを読み取りし外部のデータベース(例えばAmazonマケプレ等)と照合し「買値<売値」になるかどうかをその場で判定するのである。たとえば100円棚で売ってる本がAmazonマケプレに出せば5000円になるのであれば、それは買いということになる。

で、その結果「棚の前に張り付いてひたすらに本をスキャンする連中」が生まれることになった。当然他の客にとっては迷惑極まりないので、この手法が広まると店頭でのスキャン行為が禁止される店も出てきた。また最近では新古書店側も一品一様の値付けを始めたりした結果、以前のように大っぴらにスキャンする連中はだいぶ減ったようである。新古書店が最初からそれなりの値段を付けるのであれば、当然このタイプのせどりで差益を得るのは以前よりも難しくなるからである。

さて、本の場合はこのような方法で(かつては)安く仕入れることが出来たわけだが、本以外だと少し事情が変わってくる。

たとえば機械モノを安く仕入れるとしよう。完動美品であれば正直あんまり仕入れも安くなりようがない。ここで改めて述べると利益を最大化するには「仕入れを最小、売値を最大」にする必要があるのだが、この仕入れが高ければ中古テンバイヤーはいつまで経っても儲からないのである。

たとえばカメラの転売においては、個人テンバイヤーは業者オークションといった「店頭より安く仕入れられる場所」への参加資格を持たないことが多く、また個人から買取をするわけにもいかないので、その仕入れを一般中古屋に依存している場合が多い。

しかし一般中古屋の店頭で買えば(当然その中古屋の値段は概ね相場に準じているため)普通はマトモに利益を抜けないことになる。例えばカメラ店のセールで店頭価格から20%引きで仕入れることが出来たとして、それがヤフオクやメルカリにおいて当初の店頭価格と同額で売れたとしても、手数料として売上から10%抜かれたら儲けとしてはいくらも残らないのだ。

もちろん、毎日多数のカメラ屋を見ていれば、黒字になるような掘り出し物がまったくないというわけでもない。しかしそれを継続的・安定的に入手するのは大変困難である。というわけで、ヤフオクカメラ転売屋のいくらかは「中古屋同様の仕入れルートに参入する」道を選んだように思える。

ヤフオクに「○○カメラ」と名前がついていながら調べても実店舗がなく、商品写真が妙に「オークション的」にこなれたところ……心当たりの浮かぶ方もいるかもしれないが、もしかしたらルーツはそういうところなのかもしれない。ただ古物商の認可を得て法人化するとあまり無茶も出来なくなるのか、そうした新興カメラ店ではあまり変な出品は見られない代わりに、決して安くもないようである。

と、ここまでは良品を仕入れ、あまり手を加えずに売る方法について述べてきた。しかしこの方法では、少なくともカメラにおいては仕入れ価格の低減は難しいということも確かである。

そこで考えられるのが、安価に入手可能な瑕疵のあるものを仕入れ、多少手を加えて販売するという方法……具体的に言えば、事故車を買ってきてニコイチにするといった手法である。

たとえばカメラであれば、特定の条件下、特定の設定で動作しないといった瑕疵があるが故に通常中古品の値段では販売できないものがカメラ店において「ジャンク」「B級品」として販売されることがある。こうしたものを購入し、そうした瑕疵をうまく隠蔽して「通常中古品と同じ値段で」売れるとしたら……。

この結果が「ジャンク品を買い集めて、上手く瑕疵を隠して美品と称して販売する」という一時期のヤフオクテンバイヤーのビジネスモデルになるわけである。一時期は本当に「スレはマジックで塗れば美品にランクアップ」「適当に注油してしばらく動けばOK」なんて助言(?)が副業としてのカメラ転売を謳うクソみたいなブログでなされていた。もちろん倫理の面では完全にアウトであり、商売道徳も仁義もクソもない。しかしこのような詐欺的手法が(倫理面は置いといて)短期的にはもっとも利益が大きくなってしまうのである。

では何故店舗は同じことをせず、ジャンクで安価に売るのだろうか? それは要するに、通常中古でそうした瑕疵のある製品を販売したら「あの店は壊れたカメラを平気で販売する店」という悪評が立ち、以降の商売に影響する可能性があるからだろう(もちろんそれだけではないかもしれないが)。そういう意味でも、継続した商売を前提としない個人のテンバイヤーだからこそ取れる手段だとも言える。

また、中古テンバイヤーはこうした製品を売り払う際にオークションやフリマアプリといった個人間売買を利用する。売却価格が(その後の商品化を前提とした値付けになっている店舗買取に対して)高いというのもあるが、もう一つの理由は「多くの場合、買取のプロよりも一般ユーザーの方が騙しやすい」という点である。

なお、この「直して売る」や「瑕疵を隠して売る」のもケースバイケースである。例えばジャンクを仕入れてきたとしても、メーカーやプロの修理屋が直したものを手放すのであればもちろん詐欺的手法とは呼べない(儲かるかどうかは別である)し、同様に瑕疵があるものについて瑕疵をしっかりと書いて売るのであればこれもまた普通のことである。そしてもちろん、売り手に瑕疵を判別する知識がなければ「よく分からないので動作未確認です」とする他になく、これもまたオークション等ではよく見る光景である(結果的に瑕疵を隠したことになる可能性はあるが、そもそも瑕疵を見付けられないというわけだ)。

しかし、こうした状況を利用すれば、例えば明確に壊れているものを「動作未確認である」として販売することも出来てしまう。つまり情報の非対称性が発生してしまうわけである。買い手としては売り手の言い分を信用する他にないが、売り手は八方手を尽くして「これはどう見ても何かが壊れている」という結論に至った上で「動作チェックが出来ないので(動くかもしれないという期待を持たせつつ)未確認です」と言い張る、という状況は容易に発生しうるのだ。

自動車等であれば長期的に壊れる予兆(例えば機関部など)があった場合、修理費用が高額になることが予想され買い叩かれるのが目に見えているため、例えば漏れ止め的なケミカルを使用して隠蔽したり、不定期に再現する場合ならば敢えて不具合点を申告しないということも考えられる。こうしたものも基本的には購入時点で買い手側が見抜かなくてはならないとはいえ、見抜くための情報量は基本的に売り手側に多く、買い手側に少ない。まさしく非対称である。

というわけで、ことカメラにおいては一時期「元ジャンク」が跳梁跋扈することになってしまった(そして、例えばレンズのクモリの判定などはブレが大きいため、店頭で厳しめにチェックされクモリ判定されたものを美品として転売する余地もないことはなかった)。

しかし流石にこうした手口も広まってしまい「全く瑕疵がありません」とは言いづらくなったのか、現在では「極上美品」や「新品級」とタイトルにありながらも本文をよく見るとこっそり壊れているということを申告するような手口を使うなど、テンバイヤーはあの手この手で売り抜けようとしている。

また、情報の非対称性という意味では他にもいろいろ不誠実な手法が存在する。たとえば美術品や骨董ほどではないとはいえ、カメラ関係にも偽物が存在している。一つはコピー商品で、模造電池や容量偽装SDカードなどは過去幾度も話題となっている。

もう一つはレアものの偽物といったところで、例えば限定・希少なライカ(例として軍用モデル)などを変造し高値で売るといったことは比較的メジャーな事例である。とはいえ、この中には本気で騙そうと作り込まれたモデルから、どう見ても完成度はジョークグッズというレベルのモデル、もはや元ネタから遠く離れて何処か彼方へ行ってしまったモデルまで千差万別である。

また、間違ったことは言ってないが限りなく不誠実、というパターンもある。例えば現在では数千円で買える世代の比較的古いデジタル一眼レフEye-Fiカードとこれも安価なフィルム時代のキットレンズをくっ付けて「初心者向けスマホ対応(Wi-Fi対応)レンズ付きデジタル一眼レフセット」として数万円で販売する例が最近は散見される。多少なりとも知識があれば噴飯物のヒドい代物であるが、一方で初めてカメラに手を出す層がこれの問題点を認識できるかといえば、それは難しいだろう。
APS-Cサイズのデジタル一眼レフにフィルム時代のキットズームを付けるのでワイド側端が換算50mmだったりするものもあった。マトモに広角が撮れないひどいセットである。

で、中古テンバイヤーから買うのが何故良くないかといえば、小遣い稼ぎや副業として転売を行っている者は、上記に挙げてきたような不誠実なことをするほど儲かる(儲かりやすい)ということである。

逆に言えば、あからさまな偽物を売っているのでもない限り、中古テンバイヤーを何かの罪に問うのは難しいし、それらを規制する根拠もない(まして、中古であれば仮に偽物であってもしらばっくれるのがオチであろう)。中古品の流通はもはや新品を作ったメーカーの手からも離れている。

しかし、不誠実なことをすればさらに儲かるというのであれば、放っておけば不誠実な売り手は増えていくことになるだろう。

そうするとどうなるかといえば、そうした不誠実な売り手の多い個人売買の場は広大な地雷原となる。その場にいる売り手が不誠実であればあるほど、買い手としては疑心暗鬼に駆られるし、当然普通の(詐欺的でない)取引を望むユーザーにとってはいい迷惑である。しかし上記に挙げたとおり、短期的に儲けを重視しようとすれば不誠実な売り手になるのが手っ取り早いというのもまた事実なのだ。

もちろん店舗でも不誠実なところはあるし、オークションやフリマアプリに出品している人間が皆不誠実というつもりもない。不誠実なのはごくごく一部だろう。しかし、その一部をうまく避けなければ、買い手は被害を被ってしまうかもしれないのである。そしてそれは、短期的にはゴミを摑まされるだけかもしれないが、長期的には(現代の中古テンバイヤーが出口としている)個人売買のプラットフォームに対する不信として現れかねないのではないかと思っている。

ちなみにことカメラについて言えば上記のようにやっても儲けるのはかなり難しいので、情報商材を売った連中がたぶん一番儲けていると思われる。こういう商法というのは胴元が一番儲かるので……。

---9/10追記---
良品を回すタイプのテンバイヤーがどれだけ儲からないかの良い例があったので、ちょっと追記しておく。ラクマで47,500円で販売されたとあるカメラが、ほぼ同じ内容でメルカリに53,800円で出品されているのを目撃した(細部の特徴が一致した為おそらく同一品の転売と考えられる)。

以下、この製品が同一であり、仕入れと販売価格は上記の通りであると仮定して話を進める。実際にはもしかしたら別個体かもしれないが、まぁその場合は思考実験として捉えて欲しい。

さて、普通に考えるとずいぶん乗っけやがってこの野郎、という価格差(+6,300円)なのだが、落ち着いて考えると実はこの転売、まったく儲からないのだ。

出品時の区分としては、送料は出品者負担となっていた。カメラなので流石にレターパック等では送れないだろうから、場所にもよるが送料は最低でも800円程度かかるだろう。つまりこの時点で実質53,000円である。

さて、メルカリの手数料は現在10%である。53,000円の10%なので、出品者の受け取る額は53,000円の9掛けというわけで、47,700円になる。そうすると47,500円で買った製品を53,800円で売っても最終的に転売者が手にする差額(≒粗利)は200円である。

……なんと、買値から6,300円も高く転売したはずが、実質の儲けは200円になってしまった。もちろん送料を節約する等の手はあるだろうが限界があるし、これでは数百円の値引き交渉が来ただけで赤字確定である。

とまぁ、ヤフオク税やメルカリ税と呼ばれる手数料がある限り、常に10%抜かれるわけで、これでは儲からないのも当たり前である。そして10%以上安く仕入れられる機会が、果たしてどれだけあるだろうか?

 

---9/22追記---

この転売問題に関連して、面白い動きがあった。

本稿で述べた通り、現在のテンバイヤーの出口戦略というのは、主にオークションやフリマアプリといった個人売買のプラットフォームでの売却をもって完了する。入手する品目や手段は様々だが、最後にカネに変える手段は皆だいたいオークションやフリマアプリというわけである。

今回はこの中で、新品テンバイヤー、それも型落ちやセール品などを狙って転売するタイプに対する面白い対抗手段(と思われるもの)があったのでそれについて解説する。

さて、オークションやフリマアプリでは全体として成約率を高めるために「関連製品」として同型や近い型の他の出品が自動でピックアップされるようになっている。今回の話題はこれを利用した面白い試みである。

どのようなものかというと、フリマアプリにおいて相場とはかけ離れた高額を提示した出品をしている(例えば、相場が高くても1.5万円くらいのものなのに5万円といった値段を提示する)のだ。これだけなら「ついうっかり間違える人を狙った詐欺的な一本釣り」に思えるのだが、この出品の真意はおそらくそこにはない。

なぜなら、出品写真の1枚目(サムネイルとして表示される)には、その製品の店頭価格を写したものが使われている。そしてその値段は、先の5万円でも、あるいは相場の1.5万円でもなく、もっと安価(1万円以下)なのである。

どういうことかといえば、つまり「本来の価格はもっと安価であり、フリマアプリ上での相場は既に転売価格でお得でもなんでもない」──つまりフリマアプリの相場価格で買うのは暗にテンバイヤーの餌食だ──ということをサムネ一枚で示しているのである。

さて、この手法のクレバーなところは二つある。一つはいたって合法ということである。例えば質問欄から出品者を問い詰める手法などは、度が過ぎれば逆に質問している側が規制を食らう可能性もある。また確たる証拠がなければ指摘自体もなかなか難しい。

しかし、この手法ではあくまでも出品写真が少し(?)おかしいだけで、正規の出品であり、テンバイヤーの側が差し止めすることはおそらく難しい。「相場よりも高価に出品している」という指摘は自らの首を締めるわけだし、またかつてのオークションで禁止行為になった「売る気のない出品」というわけでもなさそうだ。買う奴は居ないだろうが、万一売れたらそれはそれである。

また、関連商品の表示自体はオークションやフリマアプリの機能なのでユーザーからはどうしようもない。しいて言えば違反商品としての申告くらいだろうが、これも出品としては問題がないので難しいだろう。万一「あまりにも高価なので詐欺的」だと運営が判断するのであれば、その時は相場並にし直せば良いだけである。

そして第二のクレバーな点はこの出品が「売れない」ということである。売れないとどうなるかといえば、この商品は他の商品の関連商品欄や検索欄にずっと残り続けることになる。つまり、先の例で言えば1.5万円で買おうとしたユーザーは、1.5万円の商品を見た時関連商品機能によって「店頭で1万円以下で売っているという値札」も同時に目にするわけだ。

これが表示されている以上、テンバイヤーはあまりかけ離れた値段を付けるわけにもいかなくなるわけである。

これは一種のサジェスト汚染ともいえるのだが、しかしこれはかつてのサジェスト汚染のような人海戦術を必要としない。たった一個の出品が絶大な効果を発揮するのだ。

現時点でこの手法に難点があるとすれば、テンバイヤーのネタ元を誰が指摘し続けるのか(し続けられるのか)という点くらいである。とはいえ、その指摘された製品においては、もはやかつてのような額での転売は不可能になるだろう。

最後の一葉(あるいは「元チェーン」という概念について)

旅に出るとよく「(地元を含む)何処にでもある全国チェーン店」と「そこにしかない個人店」みたいな二項対立に出会うことがある。せっかく旅に出たのだからチェーン店で飯を食うのはもったいない、みたいな話である。

もっとも、例えばチェーンであってもその土地ローカルなチェーンであればその地域でしかお目にかかれないという意味で「その土地に行った意味」になり得る(有名な例としては静岡県外には一切出店しない「さわやか」等がある)し、あるいは全国チェーンであっても地域限定メニューが存在したりということもある。なので必ずしも割り切れるというわけでもない。

そして、今回ここで論じるのはこうした両者の中間的存在である「元チェーン」についてである。

「元チェーン」とは何かというと、かつてチェーン店として多店舗展開したにもかかわらず、現在はその勢いが失われてしまった結果、最後の一店舗しか残っていないような店舗が「元チェーン」である。

もちろん、全盛期に比べて店舗数を減らしているというチェーン自体は多数あるので、ここでは「その屋号を掲げる店舗がほかにない=最後の一軒であり現在はチェーンとしての体を成していない」ということを「元チェーン」の(狭義の)定義として定めておく。もっとも、かつて数十店舗あったのがすでに2~3軒しか残っていないというのであれば感覚的には十分「元チェーン」に近いと言えるだろう。とりあえずここでは狭義の元チェーンについて述べていく。

さて、それらが残り一店舗にまで減った背景に様々な理由があるということは想像に難くない。おそらくは現在の主流から外れていたり、強力な競合が現れていることも確かだろう。とはいえ、逆に言えば「少なくとも過去のある時期においては時流を掴み、支持を得てそれなりの規模まで発展を遂げていた」ということもまた確かである。そういう意味では、ある時期においての空気感みたいなものを残す店舗が多いのもこれらの特徴だったりする。また、最後の一店舗ということは機を逸したら二度と訪問出来なくなるという危険性も孕んでいる。

以上のような理由から、今この「元チェーン」という概念に注目しているのである。

──とはいえ、こうした店舗をゼロから探すのはとても難しかったりする。

というのも、「ほかに店舗展開していない店舗(非チェーン)」や「今チェーンになってる店舗」を探すのはインターネット上でも比較的容易(例えば公式サイトに店舗一覧があればチェーンであると判断可能)だが「過去多店舗展開したチェーンだったが、今は最後の一軒しかない」というのは過去の検索に弱いインターネットではなかなか難しいのだ(特にこうしたチェーン店の盛衰については10年以上のスパンで起きていることも多いため)。仮にネット上で探すのであれば、かつての姿を知る人による「昔はほかにも店舗があった」という記述に頼るしかないのである。

それ以外には、過去の雑誌等の資料に当たると意外なところがチェーンだったというパターンもあるが、ともかく元チェーンだけをインターネット上で一本釣りで探すことにはかなりの困難があると言って良いだろう。

一応ヒントになり得る要素としては、現在一店舗しかないのに「○○店(あるいは本店)」と名乗っている場合などがある。これは以前は同名のほかの店舗が存在した名残である可能性が高いのだ。とはいえこれも、かつてどのくらいの店舗が存在していたのかどうかについては何も教えてはくれないのである(○号店のような表記がある場合を除く)。

こうした「元チェーン最後の一軒」については知る限り下記のようなものがある(残念ながらいずれも未訪問)。

tabelog.com

・丼太郎 かつて牛丼太郎の名称で都内で多店舗展開していたが、運営会社の倒産を経て現在は茗荷谷の店舗のみ

www.annamillersrestaurant.jp

アンナミラーズ 制服が可愛いファミレスチェーンとしてかつては有名で「アンミラ」の通称で覚えているオールドオタクも多いのではないだろうか。現在は高輪に一店舗のみ。

tabelog.com

・ロッキーバーガー かつては数十店舗存在したとされる、オールドハンバーガーチェーン。運営会社は倒産し屋号を引き継いでいるようだが、すでに最後の一軒となっている。

tabelog.com

・カレーの店スマトラ 過去7店舗あったらしいが、現在はここのみ。

tabelog.com

・やきそば屋 大盛りかつちょっと特殊(プレーンで出てきて味付けは客が行う)な焼きそばで有名な店だが、過去はこのほかにも多数店舗があったとのこと。

……無論、本稿で述べたような概念自体は本稿以前から存在しており、実際にそうした各店舗に取材した記事も存在している(上記の店舗リストはこうした記事やTwitter上でのフォロワーからの情報も参考とした)。しかし、ここに載っていない未知のチェーンを新たに調べて発見しようとするとやっぱり大変なのである。

だいたい、チェーンの最後の一軒というのはたいてい運営会社の倒産や吸収などの諸事情をもってひっそりと消えていく。例外としてはすかいらーくグループにおけるすかいらーく業態の消滅時くらいのものである。このときはニュースにもなったくらいだ。ただ、ほとんどの「元チェーン」は地元の人に偲ばれつつ、ひっそりと消えていくものだと思って間違いないだろう。

また、こうした「元チェーン」の全盛は70~80年代の場合もあるが、当然この頃にはインターネットはなく、ローカルチェーンの場合はその都道府県内でしか認知されていない場合がある。こうした事情も元チェーンの概念がつかみ所のない存在となってる理由の一つである。

故に、こうした「元チェーン」という概念を再度ここで提唱し、往時の栄光とその残り火をインターネットのどこかに記録しておかなければいけないのではないかと考えている次第である。

mamiya 645AFD+leaf aptus75導入記

かつて「そのうちデジタルバックを使いたいな」という目的でマミヤ645AFDを購入してから 早いものでもう6年近く経過した

こうした目論見自体は古くからあったものの、実際のところ元からタマ数が少ないデジタルバックはそうそう値下がりするものでもなく、スタンドアロンで動くタイプ(液晶画面とバッテリーとメモリーカードスロットがあり、単体で動作する機種。デジタルバックは元々スタジオカメラから発展している為、初期のモデルは液晶もバッテリーもメモリーカードスロットもなく、PCと接続して動かすタイプが多かった)は長らくどのモデルでも最低20万円はするという状況が続いていた。このため手元の645AFDはずっとフィルムオンリーで運用しており、それもしばらく使っていなかったため、フィルムや現像代が上がるたびに売却を考える始末だった。

……そうこうしているうちに中判デジタルの中でもペンタックス645Dなどは中古価格で20万円を切るようになっており、良くも悪くも普通の一眼レフと変わらない使い勝手から魅力的な選択肢になってきた。だが、マミヤのカメラ一式があるというのに、また一からシステムを揃えるという気にもなれなかった為、そちらを購入することもなかった。

とはいえ、流石に5~6年も経つとだんだんデジタルバックの相場も下がってきた。オークション等を見てもこれなら手を出せるかもという案件がちらほら出てきたということもあり、最近になってついにデジタルバックの購入に至ったのである。

というわけで、別にプロでもないが、面白がってデジタルバックに手を出してみようという人向けにいくらか参考になりそうな情報を残せればと思いここでまとめておく。

1.機種選定

前述の通り、今回の話というのはマミヤ645AFDに使用出来るというのが大前提の話である。各自手持ちでデジタルバックに使えるボディがあるなら適宜それに読み替えて欲しい。

とはいえ、懐の寂しい人間には正直マミヤ一択である。この当時のデジタルバック接続が考慮された中判一眼レフはほかにハッセルブラッドHシリーズ(富士フイルムGX645)やコンタックス645などがあるが、いずれもボディも高ければレンズも高い。対するマミヤは至って庶民派のお値段である。

例えばハッセルであればH1やH2、コンタックスなら645が同等のカメラにあたるわけだが、いずれもボディ単体で10万円はくだらない。一方でマミヤであればグッとお手頃になる。

とはいえ、もしこれを読んでいるあなたが安く手軽に「中判の写り」を楽しみたいのであれば、悪いことは言わないのでペンタックス645シリーズにしておいた方がよい。もしくはもう少しお金を出して富士GFXとかハッセルブラッドX系とかその辺。ぶっちゃけ古めのマミヤで揃えるというのは伊達と酔狂の世界である。

というのは、この頃のデジタルバックというのはまだ「フィルムカメラの記録側が撮像素子に変わっただけのもの」に過ぎず、前と後ろで別々のメーカーの製品であり、そこには現代のデジタルカメラのような高速動作や洗練された操作系は存在しないからである。具体的に言うと前後の電源は連動しないので、まず撮影する為にも二カ所の電源を入れ、バックの起動を待ってからでないとシャッターが切れない。それも(aptus75の場合)たっぷり数十秒は待たされるのだ。またリーフの場合、メニューはいちいちタッチペンで呼び出すというPDAのような操作を強いられる。っていうか実際PDAである(後述)。現代のカメラのような軽快さはハナから期待してはいけない。

それでも手元にはマミヤ645があるのでこれを使うわけである。

さて、上記のような事情からボディはマミヤで行くとして、バックの機種はスタンドアロン運用が可能であればなんでもよかった(実質的にはフェーズワンかリーフかの二択)。

スタンドアロン運用が出来ない、液晶もバッテリーもない世代であれば10万円以下でも購入出来るのだが、この場合は制御用のPCが必要だったりでかえって面倒なことになる(リーフで言うとValeoシリーズなど)。というのも、この時代のカメラの接続はだいたいIEEE1394で、現代のノートPCには搭載されていない端子だからである。古いMacBookが必要だったりするので、よほどの物好き以外には正直お勧めできない。デジタルバックの時点で相当な物好きなのだが、その中でもさらに修羅の道だということだ。第一外に持ち出せないのであれば魅力は半減である。

だが、そうした点を解決したスタンドアロンタイプでも本体側が645AFDで動く世代となるといずれもかなり古いモデルになる。具体的にオークション等で10万円台で狙えるのはフェーズワンならPシリーズ、リーフならaptusシリーズあたりである。あるいは両シリーズをマミヤが純正で販売していたDMバックや、マミヤZDバックも狙えるかもしれない。

そんな中で基本的には安く出てきたものを購入したに過ぎないのだが、一応の選定の方針としては「ペンタックス645デジタル系やフジGFX、ハッセルXシリーズが採用している44×33サイズではなくなるべく大きなセンサーのバック」というものがあった。こうしたことから、最終的にはリーフのaptus75を入手した。当然中古であり、それなりにシャッターカウントも進んではいたが可動部があるわけでもない(後述するが多少はある)ので特に問題ないと判断している。

さて、リーフaptus75について簡単に解説すると、2005年に発売されたセンサーサイズ48×36の3,300万画素デジタルバックである。現在はリーフとフェーズワンは同じ会社になっているが、これが発売されたころはそれぞれ独立した企業だった。とはいえ素人が買えるような値段のカメラではないので現役だった当時のことは正直よくわからない。あくまでもこの記事で書いていくのは2020年に素人が使った時の防備録としてである。

なお、古いボディとデジタルバックの組み合わせというのも悪いことばかりではなく、現状各社の最新モデルではすでに不可能になっているフィルムとデジタルバックのハイブリッド運用が可能だったりする。未だに冷凍庫にはいくらか120フィルムが余っているし、フィルムであれば645フルサイズでレンズが使用出来ることもいくらかメリットと考えてよいだろう。

最後に重要なこと。マミヤはレンズが安い。それはもう圧倒的に。タマ数は少ないが初期のレンズであればヤフオク等で3万円程度で買えるものも多いのである(45mm F2.8/55mm F2.8/80mm F2.8/150mm F3.5/210mm F4/55-110mm F4.5/105-210mm F4.5など)。これらのレンズを数本揃えればもう立派な中判システムの完成である。また測光等は効かないが、MF時代の645レンズも取り付けることは可能で、デジタルだからこそこちらを使うという手もある。こっちは更に捨て値で、モノにもよるが数千円で買えるレンズすら存在する。標準・広角・望遠の三本を揃えてもうまくいけば10万以内が十分狙えるシステムなのだ。

これをハッセルブラッドHやコンタックス645でやったらおそらく100万円あっても足りないだろう。もちろんマミヤ用でも、セコール・シュナイダー銘以降のレンズやフェーズワン仕様のものであればそれら他ブランドに勝るとも劣らないほど高価になるだが……。

あとレンズに関して言えば、初期のレンズはシグマで言うZEN仕上げのものが多く、べとつきが発生するので拭き取り済みか、最初からゴム質塗装のされていない後期生産のモデルを買うと良いだろう。ただこのおかげでオークション等では捨て値で出てくることもあるので要注意だ。

2.運用上の注意(設定編)

さて、ここからは具体的にマミヤ645AFD+リーフaptus75での運用について述べていこう。といってもまだ手に入れたばかりなので、たいしたことはしていない。今回手に入れたセットには純正現像ソフトのLeaf Capture(ないし後継となるCaptureOne)は含まれていなかったが、テザー撮影をしないのであればさほど問題はない。現像自体はAdobe Lightroomでも可能である。※どうやらLeaf Captureはまだダウンロード出来るようだ。

この世代はライブビューが出来ないが、それほど問題にはなっていない。あるに越したことはないがおそらくバッテリーも食うだろうから我慢できる範囲である。ただ、今更専用ファインダースクリーンは入手出来ず、カンでのフレーミングを要求されるのでそういう意味ではライブビューがあればありがたいのは確かだ。

メディアはCFカードであり、手元のサンディスク Extreme64GB等は問題なく使用出来た。ただ、サンワサプライのSD-CF変換にレキサーの256GB SDXCカードを挿入しても使えなかったので、CFがあるならそちらを使った方が無難だろう。

さすがに2005年のカメラなので、内蔵電池が消耗して日付が飛んだりずれたりするトラブルがあったが、幸いにしてこのカメラはDIYで直した方の記事が存在するので、同様の手順で電池を交換してみた。

 

偉大なる先人の記事はこちら(あちらはこのモデルの一世代後の75S)

ameblo.jp

 

さて、構造的には全くといって良いほど同じだったので、詳細な手順は先の記事に譲るとして、せっかくなので中の基板の写真を何枚か上げておく。あんまりこういうカメラの分解も多くはないようなので。
※当日Twitterに上げながらバラしていたので写真が雑なのは申し訳ない。

 

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このカメラ、箱形の筐体に収めるために同形状の基板がスペーサーを挟んで何層かに分かれており、大まかに言ってセンサー側にFPGA基板(このカメラではアルテラのFPGAが使われているようだった)が乗っかっている。先のリンク先にある75sではメモリはBGAだが、一世代古い75では懐かしのTSOPパッケージである。

基板には「DCB6」というシルク印刷が入っており、実際このカメラはだいたい6世代目にあたる。おそらくDigital Camera Back 6thとかの頭文字であろう。


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衝撃的なのが、このカメラPowerPCが積んである。当初はこれがメインのプロセッサで、FPGAで前処理→PPCで後処理という流れかとも思ったが、もしかしたらこれがOSを動かしているのかもしれない。

ミルビューのような統合チップのない頃の製品や、特殊なアーキテクチャの製品だとFPGA+汎用CPUという構成のカメラは意外にあるみたいなので、おそらくこれもそれに準じているのではないかと思われる。

※例:PPCRISC CPUが入っているkodak SLR 14nやザイリンクスのFPGA+ミルビューカスタムの構成を取っているとされるシグマのfoveon機など。要はツインCPUなわけで、そりゃこれらのカメラの電池持ちが悪いのも納得である。

 

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で、三枚ほど基盤を引っぺがすとようやく電池交換が出来る。電池はCR1220。100円ショップにも売っている。

ちなみにこのカメラ、制御部分はWindows CEのようなのでコアシールが本体に貼ってある。この頃のWindows CE自体はArm版もPPC版もあったので、実際どの基板がOSを動かしているのかはちょっと判別が付かなかった。この電池入りの基板の下にいる基板にはMarvelのマークの入ったチップがあるので、これがArm入りでOS担当なのではないかとも思ったが、シールを剥がす必要があったのでチップの刻印は確かめてはいない。無線搭載なのでネットワーク関係のチップかもしれない。


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なお写真右側に鎮座しているのは空冷ファンである。中身を見るまでは「カメラに空冷ファンかよ……」と思っていたが、このCPU密度(少なくともPPCFPGAがある)を見るとむしろこれで冷やし切れているのか心配になった。

 

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ちなみに元から入っていた電池はスイスメイドであった。スイスの電池って初めて見たわ。

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なおセンサー面はこのようにステッパーの分割露光らしき痕跡がはっきりと見える。6回に分割して露光しているようなので、当然コストが高い部品だろうことは想像がつく。そりゃ新品の頃には数百万とかするワケである。

3.運用上の注意(実用編)

さて、このようなカメラなので当然電池の持ちは良くない……のかと思ったら、意外に健闘してくれた。具体的には、購入時には純正で標準サイズの電池が二個付属していたのだが、これらを使って撮り歩きに出たところ、最終的には電池二個をフルに使い切って450枚ほど撮影することが出来た。14nなどの劣悪な電池持ちの機種からすれば望外の結果である。

とはいえ、実のところ当初はこのカメラの電池持ちに一切期待していなかったので試し撮りよりも先に大容量バッテリーを手配していた。互換品は国内にはすでに流通しておらず、中国から取り寄せたので時間がかかってしまったが、下記の写真がそれである。

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手前側の電池が標準電池。圧倒的な大容量である。もちろんガタイもデカくて重たいのだが……。


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この電池、見た目はソニーのNPシリーズのカマボコ電池っぽいが、実のところサムスンのビデオカメラ用電池であるSB-Lxxxと互換性がある。このため中国の通販でこの辺の互換電池を探したところなんとか手に入れることが出来た。同様に充電器等も大陸の方であればまだまだ互換品が見つかるようだ。

リーフの場合、この電池がデジタルバックの下部に刺さるので電池がでかいと重量バランスは劣悪そのものなのだが、そうは言っても大容量バッテリーの安心感は大きい。

なお、先の450枚ほど撮った際は最短でスリープに入るようにしていたり、こまめに電源を切るよう心がけたりはしていたが、このカメラ起動がとても遅い(撮影枚数がかさむと体感で1分くらいは平気でかかる)ので、ある程度電池が持つとわかった今はむしろスリープ主体の運用の方がいいのかもと思い始めている。

あと注意する点と言えば、マミヤ645AFDはメーカーとして公式にデジタルバックとの通信が考慮され始めた最も初期のカメラだということである。というわけでたまに通信がロストしてシャッターが落ちなくなったりすることもある。またカメラボディ側にも単三電池六本を要求するので、そういう意味での電池の管理もややシビアだとも言える。といっても古いデジカメを使ってることを思えば許容範囲の出来事である。

もちろんこれ以降のボディ(645DF等)ではそういった通信は洗練されていくようなのだが、実はこれに伴ってフィルムバックでの撮影機能は省かれている。つまり、先に述べたようなデジタルとフィルムのハイブリッド運用という意味ではわざわざこの世代を選ぶ意味があると言えるのだ。そしてそういう虚勢を張らずとも、もし最新世代で揃えるとなれば軽く10倍以上の投資が必要となるのだから、現実的にはここらが2020年現在実用出来る中で最も安いラインだと言えるだろう。

というわけで、ここまでやれば万全と言える。あとは持ち出すのみなのだが、さすがに気軽に持ち出すというところからは遠く離れたところにいるカメラなのもまた間違いのないところである。

4.作例

というわけで、試し撮り時の作例などを。使用感については起動は遅いし、感度は上げられないしで現代的デジタルカメラを期待してはいけない。あくまでもフィルムの中判の感覚で付き合ったほうがいいのではないかと思っている。

L_000332

AF210mm F4 ULD

L_000392

AF210mm F4 ULD

L_000579

AF80mm F2.8

L_000470

AF45mm F2.8

L_000317

AF210mm F4 ULD

結論を述べると、実際のところデジタルバックはアマチュアにとって高くて使いづらいカメラなのは間違いない。(比較的安価な)マミヤ用で、型落ちだからたまたま手が届いてるだけに過ぎないのも紛れもない事実である。とはいえ、手が届くのであれば使ってみたくなるのは自然なことだし、そうであれば、この記事がそうなったときの一助になればと願っている。