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無名サイトのつづき

業務用スキャナを使う2 -PFU fi-6140での雑誌スキャン-

というわけで、性能の割に安価に手に入る業務用スキャナ、PFU fiシリーズを使って自炊をしてみようという話の続きである。今回は主に、実際の雑誌スキャン時のワークフローについて書いてみることとする。いまのところ(写真工業以外も含めて)雑誌を300冊程度あれこれスキャンした結果に基づいている。

前回も述べた通り、現在の主要な用途というのはちょっと古くて電子書籍にはなりそうもない各種カメラ雑誌の電子化というところにある。これはこのサイトの記事を書く際の参考資料になったりもするので、PCでの閲覧及びタブレット端末での閲覧といったところを想定している。

解像度はなるべく高解像度でスキャンしておきたいのだが、あまり読み取りが遅くならない実用的なバランスを考えて300dpiとしている。4kディスプレイやタブレット端末の高解像度化が進むであろう事は分かりきっているので悩みどころではあるが、600dpiにすると露骨にスキャン速度が落ちるのと、現時点においてフルHD解像度程度のデバイスを多用するのであればここらが落としどころではないかと思われる。

また、閲覧デバイスは基本的にカラーなので読み取りもカラーで行っている。カラーのものをモノクロに変換することは可能だが逆は出来ないのでもし今後e-inkデバイス等で見るのであればその都度変換するつもりである。

さて、仕様も決まりいざ読み取りといったところだが、fiシリーズはScanSnapとは異なりTwainないしISISドライバを使用する汎用スキャナとして動作する。また、標準ソフトとして用意されているScandAll PROの使い勝手もScanSnapシリーズのソフトとは大きく異なるところである。最初はこの辺りが非常に取っ付きづらく、手探りで使用していたがなんとなくわかって来たので解説してみる。

なお、PFUはfi-6140等に使用出来るScandAll PROの旧バージョンの提供を打ち切ってしまったが、今のところ海外サイトを回れば入手自体は可能なようである。TWAINが使えるとはいえ、標準ソフトでスキャンする方が楽なので入手方法については各自検索などして欲しい。

fiシリーズ用のScandAll PROは非常駐タイプのソフトとなり、スキャンするごとに呼び出す方式である。業務用ソフトらしく出来ることは多いがあまりコンシューマ向けとは言いがたいインターフェースなので、ScanSnapでボタン一発に慣れていると非常に扱いづらく感じてしまう。というわけで、以下ScandALL PRO Ver1.8の操作解説を行う。すでに配布されていない業務用ソフトの解説の時点でニーズが行方不明であるが気にせず進めることとする。

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さて、雑誌等のスキャンを大量にこなす上でのキモはバッチスキャン(連続スキャン)用のプロファイルを作ってしまうことで、これさえ作っておけばあとはこれを改変したり、一発ボタンに登録してScanSnap的に活用することも可能になる。

「スキャン」→「バッチスキャンの設定」に移るとこのような画面に遷移する。これはすでにいくつかプロファイルを作成済だが、ゼロからの作成は流石にしんどいので各種プリセットも用意されているので、用途に近いものをコピーして改変していくといいだろう。

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ここでは書籍スキャン用に作成したプロファイルを例として公開してみる。このプロファイルを使用してあとはひたすらにスキャンをかけていくというのが基本的な使い方である。このプロファイルを弄れる範囲が非常に多いが故に、かえって取っ付きづらく感じるのであるが、しかしただスキャンしたいだけであれば何カ所か変更すればそれでOKだったりもする。

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これらをプルダウンで切り替えて使用することも出来るので、プロファイル名は分かりやすい物を付けておこう。また解説コメントも自分で入力出来るので、変更した内容をきちんと記入しておくと便利である。こういうところにまで手を加えられるのが業務用ソフトのいいところだろうか。

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スキャンソフトだけを考えればいいScanSnapと違ってスキャナ本体の設定は別途本体用ドライバを用いる。この辺りもわかりにくくなる要因であるが、その分柔軟な運用が可能である。

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基本的な保存等はこちらで出来る。カラーモノクロ同時出力や振り分け出力など、業務ユースでは便利であろう機能はとりあえずここでは使わない。PDF圧縮率や検索可能PDFへの設定はここの「PDFオプション」にて行う。取り急ぎ写真誌がメインなので圧縮率は低めの2、テキスト認識は非常に時間がかかる為表紙のみの設定にして別途ScanSnap Organizerにやらせている。

実際のところ、スキャンの主な設定はこれだけである。あとはハードウェアとしてのスキャナ設定が別にあるので、そちらはTWAINドライバ側で設定する。先の「ドライバの設定に従う」とはTWAINドライバ側に従うという意味である。

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解像度は300dpiの両面読み取り、24bitカラーであるが、用紙サイズはA4を選択している。写真工業誌はB5サイズだが、これは後段にて原稿サイズ自動設定をオンしているため余白は自動的にトリミングされる。それらを入れないと余白もしくは余黒として塗りつぶされる。裁断機等を使用して正確に原稿サイズを合わせられる場合はここで決め打ちしてしまえばサイズにバラつきのないPDFが得られる。

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色調の詳細設定であるが、ここではsRGB出力を選択している。デフォルトだとかなり色味が地味で、特に原色においてScanSnapの画作りとは似ても似つかない大人しい画調になる。これはsRGBを選択しておけばいくらかマシになるので、ScanSnapのメリハリの効いた画調が好みであればこの設定をオススメする。もちろん手動で弄ることも可能である。

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どのくらい色が違うかというとこんな感じである。左上がプリセットガンマ「明るく」を選択したもの、右上がScanSnap(S510)デフォルト、左下がsRGB、右下がfiのデフォルト設定である。特に「カメラGET」の赤・黄色の原色に違いが出ている。またデフォルトのガンマは結構黒が潰れ気味になるので、F-1のグリップが潰れてほとんど読み取れない。パッと見で最も好ましいのはScanSnapという人も多いのではないだろうか。とりあえず現在はsRGBにしておいた。

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さて、TWAINドライバ側の設定は多岐に渡るが、深めの階層に重要な設定が眠っているのも分かりづらいところである。原稿サイズ及び自動傾き補正は「回転」のメニュー内に入っている。ここでは自動判別とし、精度を重視した設定を取っている。最も、用紙外形での判別しかしていないようで、ScanSnapのように文章のレイアウトを検知して傾き補正をしているわけではない。このため、微妙に傾いて裁断した場合はそのまま微妙な傾きが発生する。

ただ、ScanSnapの文章のレイアウトを利用した傾き補正よりもこちらの方式の方が信頼が置けると個人的には考えている。なにせ雑誌であればインパクト重視で文字列が斜めにレイアウトされていることも多いのだが、ScanSnap側でそれを検知して豪快にページを斜めに補正されてしまった経験は一度や二度ではないのだ。当然それをやられると補正を切ってスキャンし直しなので、仕舞いには補正は最初からオフにしていた。故にこれでいいのだ。

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キャッシュ等も設定できるので、せっかくなのでいろいろ盛っている。おかげで息継ぎ無しで連続でスキャンが続けられるので、おそらく効果はあるのだろ。また、超音波重送検知はデフォルトではオフになっているので必ずここでオンにしておきたい。超音波重送検知はかなり優秀で、的確にストップをかけてくれるので、エラーが出たら捌き直して再度スキャンすればページ抜けもなく仕上げられる。

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ここはオマケだが、是非設定しておきたいのがスキャナ側操作パネルのボタンである。これを設定しておけば、スキャンボタンを一押しで予め指定したプロファイルで読み取り開始というScanSnap的な操作性を手に入れることが出来る。が、この設定は非常にわかりにくい。実はここでスキャンボタンを有効にしただけでは動かず、デバイスドライバの設定も変更しなければならない。詳しくはマニュアル参照のこと。設定しておくと非常に便利である。(なお、後継モデルではこんなことをしなくてもScanSnap的に使えるようなソフトが別途添付されるようになった)

さて、ここまで設定が出来たらあとは実際にスキャンするのみである。雑誌の裁断には定評あるPLUS PK-513Lを使用している。実は知人からの借り物であるが、車でないと持ち込めないことから了解を得つつも長期貸出を受けたままになっている。ちなみにもし今から買うのであればハンドルが畳める後継機の方がオススメである。めっちゃ場所取るので。

雑誌程度であれば一発で裁断出来るのは大きい。現状ではズレ防止にゴムの滑り止めを貼り付けているが、こうするよりは手で原稿を押さえながら裁断した方が裁断面のズレは抑えられそうといのうが数百冊裁断してみての感想である。

これで裁断したらfi-6140にセットしてスキャンボタンを押すだけだが、その前に毎回読み取りガラス面は拭いておいた方が無難である。ホコリやゴミが残っていてスジが入ると全部読み取りし直しということもあるので。

さて、速度差については先に挙げた記事でも大きな違いがあると述べたが、実際どのくらい違うのか、B5の雑誌(132P)をスキャンしてみた。どちらも純正のスキャンソフトを使用し、カラー300dpi設定でスキャンして保存ダイアログが出るまでの実測である。

fi-6140 : 1分29秒
ScanSnap S510 : 6分13秒

実際は原稿の流れていくスピードからして明らかに違うのだが、ScanSnapでも思ったよりは速い(公称値は12P/分なので10分かかってもおかしくない)。しかし、1.5分でスキャンが完了するとなればもはやここからScanSnapに戻ろうとは正直思わない。

ましてや、前回記事で触れた通り原稿の給排紙能力に歴然たる差があるので、ScanSnapでは重送やジャムを起こしてしまいそうな原稿でもそのまま投入出来、万一重送が起きても即座に検知して再度読み取りが続けられるfi-6140は読み取りの実時間以上に時間を節約できる。逆に言えばScanSnapでは、純粋な読み取り以外のこまごました出来事に時間を取られてしまっていたということに気が付く。

というわけで本日までにおよそ300冊の書籍の電子化には成功したものの、尚300冊以上(写真工業26年分+α)の在庫が待ち構えている。果たしてこれらの電子化はいつになったら終わるのか、書いてて不安になってきた……。

業務用スキャナを使う -PFU fi-6140とScanSnap S500比較編-

前回お伝えした通り、一時の気の迷いから自炊(書籍の電子化の方)を再開してみたところ、ScanSnapが壊れて追加購入まではともかく、最終的には業務用機であるPFU fi-6140を導入するに至った。

なんでこんなことになったかというと、ついうっかり写真工業誌400冊セットというのを購入したからである。休刊直前までの約30年分ほぼ全揃いというのはもはやチマチマ集めるのは無理と判断したので清水の舞台から飛び降りる覚悟で購入した。おかげで段ボールを運ぼうとして腰を痛めかけたり文字通りの本の山によって家族から白い目で見られるようになったりした。つまり、一刻も早くこの山をスキャンによって崩さなくてはならないのである。

さて、カメラ誌としては薄い方である写真工業であっても、いくらなんでも400冊のスキャンは骨が折れる。現代のフルHD程度のタブレットで読むのであれば解像度300dpiは欲しいしカラーページも残したいのでオールカラーでスキャンしたいところだが、手持ちのScanSnap S500だとこの設定では6枚(12ページ)/分しか読み取れないのだ。ちなみに写真工業誌はだいたい130Pくらいある。一冊10分長かかるとなると、400冊が終わるのは目眩がするほど先のことになりそうである。

ScanSnapの現在の最新バージョンであるix500であれば25枚(50ページ)/分まで速度は高められているが、とにかく大量の本をスキャンしたいというニーズに対しては読み取り速度は速ければ速いほどよいというのが本音である。こうした中で、業務用機であるfiシリーズの型落ち機を中古購入するというプランがにわかに現実味を帯びてきたのだ。

もちろんScanSnapにあるような無線LANクラウド連携やPCレス単体スキャンなどの便利な機能は搭載されていない。しかし、ことスキャンの基本性能に関して言えばやはり業務用機は圧倒的に高性能なのである。

購入したfi-6140は2011年には終売している古いモデルだが、スキャン速度はS500どころか現行最上位機のix500すらも大きく超えるカラー300dpi読み取り40枚(80ページ)/分である。S500からすれば超が付くほど高速と言って良い読み込み速度で、ブレーキローラーや超音波重送検知などのScanSnapでは最近の上位機にしか付いていない機能も標準で搭載されている。

しかし、fiシリーズは新品で買うと非常に高価な業務用機(定価は10万以上していた)ということもあり、ネット上にもあまりこの辺りの機種を自炊用途で使用した時の感想は多くないというのも事実である。

正直に言って業務用機という響きと安かったから(こればっかりだなこのサイト)半ば悪ノリで買ったという面も大きいのだが、実際に使ってみるとfiの基本性能の高さに感動したので、この感動を誰かに伝えずにはいられない。ScanSnap買うよりみんなfi買おうぜ、と言いたくなる程度には素晴らしい結果をもたらしてくれたのだ。

というわけで、手元にあるScanSnap S500と簡単に比較してちょっとした解説を書いてみることにした。

f:id:seek_3511:20160417103130j:plain左がPFU fi-6140、右がScanSnap S500である。サイズに関しては一回り大きいが、かといって業務用機と聞いて身構えるほど馬鹿でかいというわけでもないというのはこの写真からも感じて頂けると思う。実際他社ドキュメントスキャナの中にはこの程度のサイズの製品もあるので、置き場所に困るというほどでもないと思われる。

ただし、供給部のトレーはScanSnapのように折りたたむことは出来ない。取り外すことは出来るが、気の利いた収納場所が用意されているわけでもないので、通常は付けっぱなしになることだろう。未使用時はここからホコリが入ってしまうので、使用前には簡単にエアブローでホコリを飛ばしたりする必要があるが、これはカバーされているScanSnapであってもそうしたホコリに起因するスジ防止の為には毎回清掃するのが望ましいと考えているのであまり問題とは考えていない。

というか、原稿自体をフィードするこのタイプのドキュメントスキャナにとってホコリはつきものであり、可能であれば毎回読み取り面を拭き取りたい。これが入ってしまったばかりに全頁スキャンし直しみたいなことはよくあるので、急がば回れといったところである。

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給排紙側のトレーを展開すると、両者のサイズ的な差は更に縮まる。どちらもストレート排紙を目指したタイプであり、紙の曲がりが少ないことから比較的紙の厚みに左右されない方式である。単行本やカタログなどの紙質がほぼ一定の書籍はもちろん、表紙・カラーページ・モノクロページと紙の厚みと紙質が目まぐるしく変わる雑誌スキャンをメイン用途とするものにとっては大変ありがたい。

ScanSnapでの自炊のやり方について解説しているサイトでは、雑誌の表紙と記事ページの紙質の違いからこれらを分割して読み込むことを推奨しているところもあるが、今のところfi-6140であれば一括でセットしても不都合は起きていない。

ただし、S500を使用していたころは例えば表紙と1ページ目を一緒に重送してしまったり、逆に表紙がフィードされずに途中のページから読み取りが始まってしまい最後に表紙と裏表紙が連続でスキャンされたりといったことは頻繁にあった。

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その大きな違いを生み出しているのが、給排紙及び原稿分離の機構である。

ちょっとわかりづらいが、手前のS500はゴムの爪で原稿を押さえているのに対し、奥側のfi-6140ではゴムローラーが装備されている。詳しい機構についてはググって欲しいが、これがブレーキローラーと呼ばれるもので、ゴム爪よりも分離の能力が高いため、重送が起こりづらいというのがメリットである。

また、fi-6140には超音波センサーも装備されており、万一原稿が重送された場合でも高い精度で検知して止めてくれる。重送が困るケースは多々あるが、例えば書籍を解体した際にノリ残りがあってページ同士がくっついたまま搬送されてしまうという、重大だがよくあるケースにおいて、原稿をそのまま巻き込んでいってグチャグチャになってしまうという悲しい事故も防ぐことが出来る。S500ではこうした事故を複数回経験したので、常にスキャナの前に張り付いて緊急停止出来る体制が必要だったが、fiであれば原稿セット後はある程度任せておける。

また、原稿の破壊には至らないまでも通常の重送も結構厄介なものである。例えば重送によってページが飛んでしまっても、完成したpdfを一枚一枚見てページ番号と付き合わせない限りはなかなか発見できない。運良く発見しスキャンし直しの上でAcrobatを使って結合する程度で済めば手間ではあるがまだマシな方で、酷い場合には原稿を捨ててしまった後に読み返していてページ抜けに気が付くケースすらある。この場合はもう後の祭りである。

このような不幸な事故を防ぐことが出来るというだけでも買い換える価値は存在する。S500では上記のような危なっかしい挙動があるので、スキャン中の約10分間スキャナの側にいて目視で異音やフィード不良がないか見ていないと怖かったのだが、fiに買い換えてからはチラッと目をやる程度でまったく不安がない。もっとも、スキャン自体も高速なので眺めていてもすぐに終わるのだが。

なお、インターフェースはどちらもUSBで、それに加えてfi-6140ではSCSIが使用出来るが、業務ユースでなければ今となってはこちらを使うことはほとんどないのではないかと思われる。ACアダプターはS500は16V、fi-6140は24Vで互換性はない。

余談だがスキャナというのは意外に必要電圧が高いようで、フラットベッドスキャナやフィルムスキャナでも24Vを要求するものが多い。24VのACアダプターはあまり多くないので素直に秋月などで探した方が早い。このfi-6140もジャンク扱いでの購入だったのでACアダプターがなく、秋月のアダプターで代用している。コネクタはそのまま使用可能であった。

さて、fi-6140はこのようなハードウェアの仕様から、未だにScanSnap現行最上位機であるix500よりも高速な読み取りを実現している。一方で、もし現時点での頂点を目指す場合はfi-7180がある。これは80枚(160ページ)/分なので予算があればこれを手に入れるのが間違いないわけだが、実売15万円程度とix500の三倍近い額になってしまう。

新品と中古機の値段を比べるのはフェアな比較とは言えないが、実際fiシリーズの中古はヤフオク辺りならわりと豊富で、少なくともix500を買うつもりであれば予算は足りる。また、中古機で心配なドライバやソフト類も他メーカーに比べれば入手しやすい。

やってみてわかったことだが、自炊というのはスキャナ自体の動作速度はもちろん、いかに細々したエラー停止や手戻りを少なくするかがスループットに効いてくる。そして残念ながら、様々な原因によってスキャンのスループットは悪化していく。

先に挙げた通り、雑誌の解体だと裁断箇所のギリギリを狙いすぎるとノリ残りで原稿巻き込みのリスクが高まったり、運良く止まってもその間スキャンは中断となり、再度捌いてからスキャンし直しといった事態にも遭遇する。

たとえ無事にスキャンし終わっても斜行がないか、ページ飛び、ページ順が狂っていないかチェックする必要があるし、もしそれらの問題があれば再度スキャンし直しというケースも多い。そうした作業を繰り返す中では、やはり業務用機なりに給排紙が安定していて、信頼性が高いというのは数値スペック以上の多大なメリットを感じるのである。事実、S500からfi-6140に乗り換えてから、以前はたまにあったページ順が狂うフィード不良には一度も遭遇していない。

fiシリーズは高速読み取りであったり、A3対応などのScanSnapでは埋めようがないニーズに対応出来るモデルも多いので、もしクラウド連携などの便利機能が不要で、ただひたすら大量のスキャンをしなければならないというのであれば、こうした業務用機を使うというのも選択肢の一つではないかと思うのだ。

ただし、操作は正直わかりにくい。そこで、次回は具体的なスキャンの流れについて解説できればと考えている。

業務用スキャナを買う -ScandAll Proで作成したPDFをScanSnap OrganizerでバッチOCRさせる際のメモ-

数年前に自炊ブーム当てられてScanSnap S500を買ったのだが、当時は裁断の面倒さや読み込みの遅さ、そして当時満足に持ち歩いPDFを読める電子書籍リーダーがなかったことから熱は冷め、しばらく部屋のオブジェと化していた。

そんな中で、最近にわかに古いカメラ雑誌をブックオフで買ってくるということを始めたのだが、もともと本棚がないこともあり、置き場に困って結局自炊を再開した。すると再開して間もなくS500がぶっ壊れてしまい、仕方ないのでほぼ同型と言えるS510の中古を格安で買ってきたがどちらもカラーの読み込みの遅さはいかんともしがたいので最終的に業務用機であるfi-6140にまで手を出してしまった。ちなみにこの間に閲覧用としてKindle fireを買い足したりもしている。

さて、スキャン速度は大幅向上(カラー300dpi設定時、S500スーパーファインで6枚/分 fi-6140は40枚/分)したり超音波重送検知や紙送りブレーキローラー装備と流石に業務用マシンだけはあるfi-6140なのだが、スキャンソフトであるScandAll Proは個人ユーザー向けのScanSnap Manager/Organizerと比べるとだいぶクセがある。その分だけ弄れる部分が多いというのも確かなのだが、一つ困ったことは、OCR済みPDFが作りづらいという点だった。

OCR済PDFは要するに検索可能PDFという奴なのだが、実はテキスト検索が出来る以上のメリットとして、文章の上にレイアウトに忠実に透明テキストが貼り付けられるという構成上、画面の小さいデバイスで拡大ダブルタップをした時に、その段落の幅に拡大してくれるという機能を実現しているのである。これがされていない(画像として認識されている)PDFで同じ事をするとレイアウトガン無視でただ拡大されるだけなので、非常に読みにくい。比較的画面サイズの小さいデバイスでレイアウトが複雑な雑誌を読みたいというニーズに対しては非常に重要な機能である。全画面が基本の漫画やレイアウトがほぼ全ページ変わらない小説などでは重要度は低いと思われるが、雑誌だとページによって版組が変わるのでこの機能がないと片手読みが出来ないのだ。

で、このOCR処理というのは結構重たい(時間がかかる)処理なのだが、たいていのpdf作成ソフトで実装していながら、「スキャン直後に処理(ScandAll,ScanSnap Manager)」か「完成後のpdfを1ファイルずつ解析(Acrobat Standard)」になる。

当然雑誌のスキャンは物量があるのでバックグランドでバッチ処理したいところなのだが、これが出来るのはどうやらScanSnap付属のScanSnap Organizerだけのようなのだ。しかし、ScanSnapはPDFの作成ソフト情報を読んでいるのでScanSnap以外の別のスキャナやソフトでスキャンしたPDFはOCRさせないように出来ている。この制限は当然同メーカーのfiシリーズでも適用される。

というわけで、スキャンがクソ遅いけどOCRバッチ処理出来るScanSnapを使うか、スキャンは速いがOCRに手間がかかるfiを使うかという選択を迫られていたので、解決方法を探してみた。

結論からというと、下記の手順で可能になる。

・ScandAll Proでスキャン(作成アプリケーションは「ScandAll PRO V1.8.1)になる

CubePDF Utilityで「文書プロパティ」を開いて
PFU ScanSnap Organizer 3.2.12」等に書き換えて保存する

・これらのファイルをScanSnap Organizerで選択してバッチで変換する

この手順を踏むとバッチで解析出来るようになるという話である。

ここまで書いてから気が付いたけど、ScanSnapとfiシリーズ両方持ってるユーザーとかそんなに多くないんじゃないかと思った。まぁもしかしたら困ってる人がいるかもしれないから書き残しておこうと思った次第である。

文章プロパティの書き換えもバッチでやれればもっと楽なんだけどなぁ。

謎のカメラ・レンズシリーズ2 謎のニッコール T・C 5cm F3.5の巻[増補改訂版]

引き続き、手元にある謎のレンズについて情報を募集するコーナー。

話は昨年11月にまで遡る。

とあるカメラ店でジャンクを探していたところ、カゴの中に見た事のない小さなレンズが見付かった。銘版にはNIKKORとあるので、どうやらニコンのレンズのようである。しかしそのレンズはヘリコイドもなくて大変薄く、マウントも一般に見るFマウントなどではなくスクリューであった。とりあえず手近にあったペンタックスSPにあてがってみるとスカスカなので、L39(ライカスクリュー)なのではないかという推察の上で、これはなんか珍しいかもしれないと思い買ってみた。

これが長きにわたる混迷の旅路の始まりになるとは、この時は思ってもいなかった。

さて、購入して外観からわかる仕様としては下記のようなものだった。

 ・銘板はNIKKOR-T・C 1:3.5 f=5cm Nippon Kogaku Tokyo No.8034
 ・ヘリコイドはなくリジッド(固定)鏡筒
 ・フィルターねじは切っていない。マウントはM42よりは小さいスクリュー(その後L39と判明)
 ・レンズはパッと見ノンコートに見えるくらいの薄いコート付き
 ・絞りはノンクリック。特徴的な串刺し形状のノブ付きで3.5-16まで

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早速あれこれ調べたりTwitterで詳しそうな人に聞いてみると、仕様的にはL39でヘリコイドなしということであれば引き伸ばし機用レンズだろうという意見が大半であった。実際この仕様であればヘリコイドがない時点で一般の写真撮影用ではありえないし、あり得る方向性としてはやはり引き伸ばし機用レンズで、次点でベローズ用くらいのものであろうと考えていた。

が、帰宅してさらに調べてみるとこのレンズが何処にも出てこないのである。

そもそも、古いニッコール命名規則からすればNIKKOR-TというのはT(Triple)つまり三枚玉を表す。なので、その表記に習えばこのレンズはトリプレット構成ということになるであろう。しかし、検索で引っかかるのはマウンテンニッコールとして高名なNIKKOR-T 10.5cm F4ばかりで、標準域のトリプレットレンズがあったという話は全く聞かない。つまり、調べた限りでは何処にも見当たらない、謎のニッコールレンズなのである。(以下謎のニッコールと呼ぶ)

そして、引き伸ばし機用ではないか? という方面からの探索も意外な展開を見せる。

まず、ニコンの引き伸ばし機用レンズと言えば言わずとしれたEL-NIKKORであるが、このレンズは明らかにそれよりも古い見た目である。というわけで、古い引き伸ばしレンズから調べてみることにした。ニコン製の引き伸ばし機レンズの始祖といえる存在は戦前のヘルメス5.5cm F3.5レンズらしいのだが、これは調べてみるとテッサー型の構成を取っているとのこと。同レンズについて言及した数少ない書籍である「ニコン党入門」より該当部分を引用すると

「1936年(昭和11年)5月8日、5.5cmF3.5テッサー型レンズが、『ヘルメス』という名称で試作完成し、1937年(昭和12年)8月26日出図で300個製造された。」
出典:三木淳・渡辺良一・渡辺澄晴「ニコン党入門」第9章 日本光学小史 P253 池田書店

……とある。このヘルメスというレンズについては300個しか生産されていないと思われる貴重なものながら、幸いネット上にも多少の情報があり、ユーザー団体であるニコン研究会の会員の方が開設されているサイトに写真と共に掲載されている。

以下RED BOOK NIKKORよりヘルメス5.5cm言及記事へのリンク
May 2006, Nikon Kenkyukai Tokyo, Meeting Report
September 2008, Nikon Kenkyukai Tokyo, Meeting Report
July 2009, Nikon Kenkyukai Tokyo, Meeting Report

戦前のレンズということもあり、外見的にも手元のレンズとの共通点は少なそうである。3群4枚のため、ニッコール銘以前のレンズではあるがもし構成枚数がレンズ名に含まれている時期の表記に直せばさしずめNIKKOR-Q(Quad)ということになるだろうか。

なお、余談だがこのヘルメスも上記個人の所蔵のものはNo.591(表記はNr.591)と読めるのでおそらく総生産本数が300本という先の記述を信じれば001番からスタートではないということになるが、海外のオークションに出たものはNo.820。ここまではいいのだが、海外のユーザー所有のものでNo.55200と突然桁が飛ぶのだから頭を抱えてしまう。もしかしたら初期ロットが三桁シリアルで、桁数が増えたものは量産仕様(ニコンだとよくあることらしい)という可能性もあるが、ニコンの採番方法がわからないだけに真相は闇の中である。Googleを駆使して調べる限りでは、シリアルナンバーが読める鮮明なレンズ写真というのはこの三個体以外には存在しなかったので比較しようにもわからないというのが現状である。

ニコンの引き伸ばし機用レンズとしては最初に挙げたエル・ニッコール銘の5cm F2.8(1957)が有名だが、先のニコン研究会の例会に持ち込まれたものにはそれよりも古そうな「EL-NIKKOR-C 5cm F3.5」が存在する。これはサークルアジアンレンズリスト製作委員会によるASIAN ENLARGING LENS LISTによれば「5cm F3.5」がリスト中に存在しているので、このレンズであると思われる。備考の「1945.12.21出図・RFのレンズを流用」という注釈とスペック表からすると3群4枚とあるのでおそらくはテッサー型である。この後に述べるNikkor Q.C 5cm F3.5を流用したのだと思われる。(ちなみにこのリスト中に3群3枚トリプレットのニコン製引き伸ばし機用レンズは掲載されていない) なお、おそらくこの記述のネタ元も「ニコン党入門」からと思われる。先ほどのヘルメスについての言及の先にはこのような文が続いているのだ。

「戦後、はじめて製造したのは、1947年(昭和22年)4月にオーダーが出された5cm F3.5で(出図は昭和20年12月21日)、254個製造されている。」
出典:三木淳・渡辺良一・渡辺澄晴「ニコン党入門」第9章 日本光学小史 P253 池田書店

さて、こうなると不思議なことになる。

1.始祖たるヘルメス5.5cm F3.5(1937)はテッサー型。
2.次に古いと思われるEL-NIKKOR-C 5cm F3.5(1947)もテッサー型
3.そして新規光学系と謳われたEL-NIKKOR 5cm F2.8(1957)は4群6枚

この中で謎のニッコールを当てはめるとすれば、時期的に1と2の間が妥当で、次点で2の直後といったところであろう。何故ならEL-NIKKOR-C 5cm F3.5 のシリアルナンバーは5桁(No.70794)であり、3桁(何故か5桁のもあるが)のヘルメス、4桁の謎のニッコール、5桁の EL-NIKKOR-C 5cm F3.5と並ぶので(一般的に年代を追って数字が増えていくという感覚からすれば)一応はスッキリする。 

ところが、1と2の間ではテッサー型というレンズの基本構成は変わっていないのである。途中で一世代だけトリプレットにしてまたテッサー型に戻すというのも妙な話ではないだろうか。果たしてここで敢えてトリプレットを投入するメリットというものは存在するのだろうか?

もちろんレンズが一枚減るので単純に考えてコストダウンにはなるのだろうが、すでに戦前にヘルメスという先例から設計・製造面で実績があり、レンズエレメント自体はおそらくRF機用にも転用出来るテッサー型をやめてトリプレット型を新規に設計し生産を立ち上げるほどのメリットがあるとも思えないのである。 

ここでいう「実績」や「メリット」というのは、つまりテッサー型といえばこの時期の標準的なレンズ構成であるので、当然RF機用として並行して普通に製造されていたということでもある。テッサー型の標準レンズはニコンが自社でカメラを作る前から単体交換レンズとして「Nikkor-Q.C 5cm F3.5」として製造されており、キヤノンおよびニッカへ供給されていた(出典:CameraGraphic「Nikkor-Q.C 5cm F3.5 : ニコン登場前のニッコール」より)のだ。また、同名のレンズはニコンI型に装着された写真も残っている。赤文字の「C」表記やメッキの感じといい、謎のニッコールの外観はヘルメスよりもこちらのレンズの方に共通項が多い。

なおリンク先の言を借りれば「コーティングは,日本国内では戦時中に発展した技術であり,双眼鏡や潜望鏡などの光学兵器に採用されたが民生用のレンズとしては例がなかった.このレンズが国内では最初にコーティングを施されたレンズだ」とのことなので、C銘があり、コーティングが施された製品は戦後に製造されたものと考えてよさそうである。

戦後すぐの時期においてニコンにおいて単層コーティングレンズの生産が行われていたソースは再度「ニコン党入門」の戦後のレンズ検査についてを引用する。

「(前略)なお、昭和22年3月の検査記録によれば、※ニッコール5cm F3.5
○第一次検査(コーティング前) 233個のうち、116個が不合格
○第二次検査(コーティング後) さらに3分の1以上が不合格 となっており(後略)」
出典:三木淳・渡辺良一・渡辺澄晴「ニコン党入門」第2章 世界へ飛び出したニコン P28 池田書店

このスペック(5cmF3.5)はまさに謎のニッコールのスペックとドンピシャであるが、これは先ほどのテッサー構成のものである可能性が高いと思われる。昭和22年当時はI型ニコンの試作機を作っていた辺りなので、ニッカもしくはキヤノン用レンズとしての生産だったのではないだろうか。 

というわけで、引き伸ばし機用レンズとしての他製品との比較アプローチでは「何故後にも先にも例が無く、メリットも見込めないトリプレット構成なのか?」という大きな謎が残った。

また、次に謎だと考えているのはこのレンズの絞りリングである。これまでに見たことのない串刺し型のノブ(反対側に同じノブが付いている)が付いていて、これも特徴だとは思うのだが、もう一つ奇妙な点がある。

それは絞り数字の向きが「通常のカメラ同様、マウント側を下にしている」ということである。一方、一般的な引き伸ばし機用レンズは引き伸ばし機に取り付けた際に読み取りやすいように、概ねレンズ先端側を下にしている。

これはヘルメス及びエル・ニッコール時代を通して同様であり、また他社の古い引き伸ばしレンズにおいても同様である。ついでに言うならば、EL-NIKKOR-Cにおいても絞り数字の向きはレンズ先端側が下である。他社も含めた引き伸ばし機用レンズについては雌山亭内の引き伸ばしレンズ収蔵庫に詳しいが、かなり古いものであっても、基本的に文字の向きはレンズ先端側が下のようである。だとすると、このレンズは本当に引き伸ばし機用レンズなのだろうか?

また、製造時期についても新たな謎が残る。 一旦「シリアルナンバーの桁順なら自然」と書いておいて卓袱台をひっくり返すようであるが、やはり完全にスッキリとはしないのである。

おそらくニコン研究会会員所有のEL-NIKKOR-C 5cm F3.5がニコン党入門及び ASIAN ENLARGING LENS LISTで言及されている「1947年発売のテッサー型の引き伸ばし機用レンズ」ということになると思うが、もしこちらがニコン党入門の記述通り「戦後初めて作られた引き伸ばし機用レンズ」であるならば、謎のニッコールはシリアルナンバーの順から戦前もしくは戦中のレンズということになってしまう。しかし民生用レンズにコーティングが施されたのは戦後ということであれば、その時点で矛盾が発生してしまう。とすれば、この謎のニッコールは各資料において引き伸ばし機用レンズとして扱われていないという可能性がある。 

そしてEL-NIKKOR-Cが戦後初の引き伸ばし機用レンズであれば引き伸ばし機用を表すEL銘はこの時代から存在したことになる。とすれば、年代の近い謎のニッコールにEL銘がないのは一体何故なのだろうか? これもまた、引き伸ばし機用レンズではないという証左の一つではないだろうか。

というわけで、別のアプローチを試みてみよう。謎のニッコールにおける社名の表記は「Nippon Kogaku Tokyo」であり、より古いとされる「Nippon-Kogaku Tokyo」ではない。社名表記の変遷としては概ね下記の通りらしいのだが、ここからもおそらく戦後すぐではなく、少し経ってから製造されたことが類推できる。

[レンズ銘版の社名表記の変遷と対象カメラ・レンズ]
Nippon-Kogaku → ヘルメス5.5cm F3.5キヤノンS型
 ※ヘルメスと同時期のハンザキヤノン用レンズは社名表記なしで「Nikkor」のみ
Nippon-Kogaku Tokyo → キヤノンJ型ニッカカメラニコンI型初期
Nippon Kogaku Tokyo → ニコンI型・謎のニッコール・ EL-NIKKOR-C
※このあとS~S2の頃のレンズで「Nippon Kogaku Japan」になるようだ。

ただし、この分類はハンザキヤノン用レンズでも「Nippon-Kogaku」表記のものがあったりニコンI型の中でも二つに分かれていたりと、若干のオーバーラップを伴っていたようなので必ずしも一致するというわけではないだろう。

適当にググったニコンS型(1950)の写真を見ていると装着されているレンズには「Tokyo」銘と「Japan」銘が混在しているが、概ね50年以降を境にJapan銘が増えたのでは無いかと思われる。この辺りは研究されている方に譲ることとする。

よって、製品年代的にもやっぱり EL-NIKKOR-Cと同時代、おそらくは1945~50年辺りの数年内に作られた製品であるということではないかと思う。ただ、どちらがより古いかどうかというのは分からない。

しかし、これらの推察にしてもこのレンズそのものの資料がないので、何処まで正解に迫っているのかイマイチわからない。トリプレットの引き伸ばし機用レンズは皆無ではないようだし、使い勝手の面も些細な問題なのかもしれない。シリアルナンバーにしても、桁数の順というのはあくまでも一般的な感覚の話である。EL銘がないことだってヘルメスの次のモデルと考えればありうる話だし社名にしたって数年という狭い範囲ですでにオーバーラップが見られている。

つまり、スペックからすれば必然的に辿り着く「かなり古い引き伸ばし機用レンズ」という推察を否定するような仕様が多く、かといってそれらは引き伸ばし機用レンズであることを完全には否定するほど決定的なものでもない、というややこしい状況になっているのだ。 

まとめると、下記のようになる。
・引き伸ばし機用レンズっぽい点
 「固定鏡筒」
 「L39」
・引き伸ばし機用レンズ用っぽくない点
 「当時のニコンとしては疑問の残るトリプレット構成」
 「絞りリングの表示向きが逆向き」
 「戦後すぐに誕生している筈のEL銘が付いていない」

とはいえ、L39ということから当時の一般的なRFニコンカメラ用ではあり得ないし、またヘリコイドがないためキヤノン・ニッカ用の一般的カメラ用ということもあり得ない。 あとはベローズくらいしか思いつかないが、これもベローズ用ニッコールが別に存在し、このレンズにあたる製品の話は見つけられなかった。 

追加情報としてニコンS型前後のオプションであった「精密複写用レンズ」ではないか? という情報も頂いたのだが、こちらについては尚更ネット上には情報がなく、調べられずにいる。この辺になると日本カメラ博物館の図書館でも行ってマニュアルと当時の広告ひっくり返さないと無理そうな気がするが、平日しか開いていないので行けずじまいである。この辺のことだとすれば、装着されているのはおそらくmicroの5cm F3.5であると思われる。Sマウント用microの5cm F3.5は(これも想像を絶するレアものではあるが)このように全く見た目が異なる。

というわけで様々な資料と共に長々と書き綴ってきたが、丸二ヶ月他のレンズも買わずこのレンズと格闘してきた結論として

結局わけわからん!

のである。よって今回も例によってインターネットの大海に放流して、何か吉報が届かないかと思って本記事を作成した次第である。

このレンズのロマンとしては、他に例のない「標準域のトリプレットニッコール交換レンズ」であるという点に尽きる。そしてそれが他のメーカーに比べれば遙かに資料の多いニコンだというのに未だに素性がわからないというところもワクワクするところである。

というわけでこのレンズについて情報をお持ちの方がいらっしゃれば、コメント欄にでも何か残して頂けると幸いです。案外探し方が悪かっただけで他の人から見たら珍しくもなんともなかった、ということは往々にしてありますので。

[ここから2/29追記分]
……という記事をアップロードしてみたはいいが、今のところこのレンズがなんのレンズであるかは相変わらず不明なままである。だが、この間手をこまねいていたわけではない。

というわけで先日、こういうややこしいものの出所が分かるかもしれない心当たりのうちの一つ、日本カメラ博物館まで行ってきた。ちなみにもう一つの心当たりはニコンミュージアムだったが、正直この年代のものに詳しい解説員は期待薄かなと思っている。

まぁ、実際は(00年フォトキナ出展の初代K-1が掲載されている)ペンタックス展の図録が欲しくて行ったので、この件を聞きに行ったというわけではないのだが、結果として学芸員の方々に多大な協力を頂いてしまった。

まず、常設展示のヘルメスはNo.690(らしい。メモるの忘れて後で教えてもらった)だが現物を見てもやっぱり絞り表記の向きは引き伸ばし機用のそれであった。他にも戦前RFキヤノンニッコールやらを見ていると、やはり見た目はその辺りから戦後すぐくらいまでのニッコールに一番近い。まぁ自分でわかるのはその程度までなので、ペンタックス展の図録を買うついでにちょっと聞いてみる。

すると、学芸員さんでもこのレンズに心当たりはないという。ただ、素性としてはやはり引き伸ばし機用「ではない」のではないかということである。かといって、もう一つの可能性であるベローズであれば一般的には無限を出す為に90~135mm程度の焦点距離を採用するはずで、50mmのベローズ用レンズというのは聞いたことがないとのこと。また、赤文字でCマークの単層コートはやはり戦後のレンズであろうとのことであった。

いろいろ本を持ってきてもらったり、某超有名コレクターの人に電話で問い合わせてもらったりとなんだかどんどん話が大きくなってしまったのだが、結局確定情報は得られなかった。ただし、コレクターの方などの意見を総合すると、50年代初めくらいに作られた産業用レンズなのでは? との結論に至った。赤Cマークから年代を引くとやはりその辺りになるらしい。

ただ、戦後10年くらいの間であればそれこそニコンは一品モノに近いような産業用レンズも多数作っていたため、何に使うのは分からないようなレンズが出てきても仕方が無いとも仰っていた。というわけで、現在では概ね「1950年の前後10年くらいの範囲で作られた産業用レンズ」というのが答えなのでは無いかと思っているが、しかし一体何用のレンズなのかは相変わらず謎である。

結局、こういうのに詳しい人は日本国内でもほとんどおらず、 学芸員さんにも おそらく検索して出てくるサイトの人が一番詳しいだろうからその人に問い合わせてみてはというアドバイスを頂いたので問い合わせのメールだけ送信して今に至る。今のところ返事は頂けていない。
[追記ここまで]

最後になりましたが、本稿の作成においては多数のサイト様からの情報を頂きました。文中にリンクを貼らせて頂いた各サイトの作者様に感謝致します。

というわけで、一枚だけ作例を貼って締めとする。アダプターを買ったりベローズを借りたりしてα7で試行錯誤しているのだが、いまのところまだ無限遠撮影には成功していない。ただ、少なくとも近接において35mmフルサイズのイメージサークルはカバーしているように見える。

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これはKodak DCS Pro 14nにアダプターで近接を試したもの。まぁ、普通に写るもんである。ここまで長々とやってきて身も蓋もない話で恐縮だが、そういうオールドレンズ的な意味での感動というのは特にない。

[2016.02.13 増補改訂]
[2016.02.29 追記]

 

[ここから2019年の追記]

……というような内容を書いてから、その後更にいろいろあった結果、調べに調べ上げて、その顛末を同人誌として発表するに至ったりした。もともと無料のblog記事の完全版として有料で同人誌とか発行するのどうなんよというスタンスの人間ではあったのだが、色々考えると同人誌という発表形態が現時点では最適ではないかとも思ったのである。

で、その同人誌自体はコミックマーケット92(2017年8月)で頒布したのだが、まだ在庫があったりするのでもしこの先が気になる方がいらっしゃったら、というわけで紹介しておく。というか商売っ気があるなら書いた時にこういう告知はしておくべきであり、それをしていないのはひとえに怠惰がなせる技である。

本の方はそんな怠惰な人間がやったにしてはよく調べている方だと自負しているので、宜しければお手にとって頂ければと考えております。

njcp.booth.pm

謎のカメラ・レンズシリーズ 無銘 70-210mm F4.5 の巻

カメラ趣味をかれこれ10年近く続けているので、日頃は中古カメラ屋に出てくるような国産のレンズであればだいたいのことはわかるし、仮に分からなくても手がかりくらいは調べることが出来るのではないかと思っているのだが、そうして自惚れていると、ある日突然見たことも聞いたこともないレンズやカメラが出てくることがある。

こうした突然の出会いがこの趣味の醍醐味であり、奥の深いところだと思うのだが、今回も突然頭をぶん殴られるような衝撃のレンズに出会った。

ご覧のように、何の変哲もないKマウントの望遠レンズである。……。一見した限りでは。

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この写真から読み取れるスペックとしては、70-210mm F4.5というところであり、K-01に装着されていることからもわかる通り、Kマウントである。ただし、最小絞りにAポジションがないので、これはKAマウントではない。実際にレンズマウントにも電子接点は存在しない。つまり、販売時期としてはペンタックスKシリーズ発売の1975年辺りからペンタックスAシリーズ発売の1983年頃までのレンズなのではないかという推測が成り立つ。

※ちなみに、1983年当時の全ズームレンズをテストしたという触れ込みのアサヒカメラ増刊「レンズその世界」にこのスペックをもつレンズは掲載されていない。

最短撮影距離は1.5m、ピントリングは後のAFレンズのように先端のリング部のみを繰り出す方式で、ダイヤカットの滑り止めゴムが貼られている部分は他の多くのレンズのように可動はしない。またズーム方式は回転式である。小窓が設けられていて70,105,135,210mmでは青文字で現在の焦点距離が顔を覗かせる。ただし85mmと210mm位置では何故か小窓では無くズームリングそのものに文字が書いてある。謎の構造である。銀のボタンを押し込みながら更にワイド側へ捻るとマクロモードが設けられているようだ。

仕様的に70~80年代のズームレンズの割に、当時の多数派であった直進式ズームを用いていないことや、不可解な焦点距離の表記など怪しい点は多々あるのだが、このレンズ実はこれ以上の文字情報が裏側の「MADE IN JAPAN」表記しか存在しない。つまり、無銘なのである。そして、ありとあらゆるレンズにたいていは存在する、シリアルナンバーの表記すらもない。

そして、最大の問題点は鏡筒左側にある……。

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そう、このレンズ、左脇にスイッチと、底面に電池ボックスが存在するのだ。そして、スイッチには「70」「210」の表記がある。……つまり、このレンズは電動ズームレンズなのではないかということである。

……「なのではないか」という歯切れの悪い言い方をしているのには理由があって、電池を入れてみたところ(単三・二本)バッテリーチェックのパイロットランプは点灯して、各ボタンを押すとモーターの音がするのだが、残念ながらモーターが回るだけで、何らフレーミングは変化しない。

なお、本レンズの描写についてはカビ&クモリでとてもではないが掲載できる状況ではない。本来であれば撮影にロクに使えないレンズなど買わない主義なのだが、純粋に見たことのないレンズが転がっていたから手に入れた。純粋に好奇心からの行動である。なんせこのレンズ誰も知らないのだからプレミアなども付くことはないだろう。

そもそも、ズームリングはそれなりの重さを感じるので、仮に正常だったとしてこのか弱いモーター音で本当に動くのかという疑問はある。しかし、測距機構を持たない以上この電力がAFに使われているようには見えないし、その他にこのようなレンズに電気の力が必要な理由も考えられない。とすればボタンの表記からもやはりズームなのではないかと思える。

だとすれば、知る限り最古の電動ズームレンズ(一般的に知られている最古の電動ズームレンズはコシナAF 70-200mm F4.5。1987年頃発売)になるわけだが、仮にそうしたエポックメイキングなレンズだとしたら多少なりとも文献が残されていてもいい筈であり、その割にはこのレンズの素性が全く分からない。そして、「最初の電動ズームレンズ」がなんだったのかも、今やよく分からないのである。

「最初のAFレンズ」というくくりであればインターネットを駆使すれば各社の試作機も入り乱れてある程度の情報が集まるところが、「最初の電動ズームレンズ」は全く分からない。そして仮にこのレンズがそうだとしても、メーカー名も何もないので、この先の素性は全く分からない。悔しいが、完敗である。

……というわけで困り果てたのでこうして記事にして、どなたかお詳しい方に教えて頂けないかと考えている次第である。このレンズを見てピンと来た方は、是非コメントを頂ければと。

手元にはこういう素性のわからないレンズがもう一本あるので、いずれはそちらの話も。

[追記]
このレンズ、Starblitzに供給されていたようで、そちらのバージョンを教えてもらった。結局無銘だったので余計によくわからなかったという感じである。しかし、OEM版に関してはきちんと銘版とシリアルナンバーが入っており、このレンズは本当は何処が作っていて、無銘なのは一体何なんだというのは引き続き謎のままである。

[更に追記]
さらに他の方からの情報で、どうやらこのレンズはハニメックス(フォートエクスポート)製らしいとのこと。しかし国内流通はなかったのでは? という情報もあり相変わらずよくわからない。一体どういう位置づけのレンズだったのかますます謎は深まるばかりである。