インターネット

無名サイトのつづき

ゆめタウン読みという概念

先週末はマイルガチャ山口宇部空港行きを引き当てたので、せっかくだから萩でも行ってみようかと思ったら旅行前日に(空港へのアクセス線である)京急線の踏切事故があり迂回を余儀なくされたり、道中のドタバタがあったり、そうかと思えば復路の羽田着便が台風により欠航し急遽もう一泊する必要から延長戦が開始されたりと色々あった。これらの出来事はそれはそれで面白かったのだが、それは当記事の本題ではない。本題はもっと別にある。

……山口に都合2日ほどいて目に付いたのは、国道沿いに林立する大型ショッピングモールの数々である。だいたいあの辺りは関東でもお馴染みの巨大モールの代名詞であるイオンモールの他に、地場(四国・中国地方)の雄であるフジのフジグランだとか、同様に中国・九州地盤のイズミのゆめタウンなんかが各々に出店しその覇を競っている。

で、当然国道沿いを流しているとそれらが嫌でも目に付くのだが、特にゆめタウンは見かける度にとても気になって仕方が無かった。それは、店構えでも賑わいぶりでもなくもっと別の理由からである。

 

名前が変なのだ。

 

www.izumi.jp

名前が変というのはどういうことか──ゆめタウンを訪れたり、そもそも見たことのないという地方の人にはちょっとわからないだろう。そういう人は上記のリンクをクリックしてみてほしい。

そこに現れるのは「YOU ME」で「ゆめ」と読ませるロゴマークの存在である。

正直、最近は慣れてきたが、最初に中国地方を訪れて最初にこれを見た時の率直な感想は「気持ち悪っ!」であった。なんというか、到底承服できない悪寒のようなモノをこのロゴと読みには感じたのである。

では何故初見で気持ち悪く感じたのか。その理由は考えてみれば単純である。この読みは英語の「YOU」と「ME」という単語を使用していながら、片方は「ユ(ユー)」という英語読み、そしてもう片方は「メ」というローマ字読みを採用しているのだ。つまり、英語読みとローマ字読みのハイブリッドなのである。通常、このような読み方はしない。だからこそ「気持ち悪い読み方」なのだ。

図にするとこうなる。

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通常、「YOU ME」という文字から予測されるのは英語読みの「ユーミー」もしくはローマ字読みの「ヨウメ」である。図で言うと、水平に読んでいることになる。というか、通常はこの組み合わせ以外に選択肢は存在しない。しかし、ゆめタウンはこの図を斜めに突っ切っているのである。これは通常ではあり得ない読み方である。

しかし、英語ではないが実はこれに近い読み方というものが存在する。国語の時間に習った覚えがある方も多いかもしれないが「重箱読み」及び「湯桶読み」というものがそれである。

これらは音読みと訓読みを取り混ぜた読み方のことで、重箱読みの場合は「重」が音読みで「箱」が訓読みの組み合わせである。

さて、音読みというのは中国から漢字が伝わった際の読み方をベースにしたものであり、いわばルーツは中国語にある。一方の訓読みというのは日本国内で独自に発展したものであり、日本語(和語)といえる。……なので、通常は熟語の読み方というのはルーツ同士の組み合わせ(音・音読みとか訓・訓読み)で表されるのだが、そこから外れるものが重箱読み(音・訓)だったり湯桶読み(訓・音)とされているのだ。

これら重箱・湯桶読みは上記の基本的なルールから外れているということもあり、日本語の規範的な読み方ではないとされているが、一方で現代では十分に定着していることからかことさらに違和感を覚えることは少ない。

さて、こう考えてみると、ゆめタウンの読み方というのは重箱・湯桶読み的な読み方なのではないかと思えてくるのだ。まず、「YOU ME」というのは、英語読み・ローマ字読みどちらも可能である。ただし、日本国内においては(それこそ単語を覚える時でもない限り)既に英語読みがある英単語をわざわざローマ字読みすることは通常ない。それはローマ字表記自体が日本語をアルファベットで表す為のものだからである。そういう意味では、本来これは「ユーミー」が最も自然な読み方であろう。しかし、先に述べた通り、実際には「ユメ」であり、「英語読み+ローマ字読み」になっている。これは漢字の熟語を「中国語読み+和語読み」している重箱読みと実は同じ構造なのではないか、ということである。

先に述べた通り、重箱・湯桶読みというのは現在は慣例上特に問題にならないが、日本語の規範の面から言えば外れた存在である。そりゃそうだ、中国語と日本語のチャンポンなのだから違和感があって当たり前なのだ。そしてそこにある気持ち悪さというものは、きっとゆめタウンに感じる気持ち悪さと同じようなものだったはずである。

そして、重箱・湯桶読みはその特異性故にこうして通常の読みとは独立した特殊な概念として存在している。ならば、それらと同様に「英語二単語以上の語で英語読みとローマ字読みが混在する特異な読み方」のことをここにゆめタウン読み』と定義してもいいのではないかと、そんなことを思うのである。

……問題はゆめタウン以外にそんな変な読み方してる類例があるのかという点なんだけど。

「観光地のカツ丼」問題を考える

行き場のない気持ちを書くというのもブログの一種の使い方だと思っているので、そのようなことについて記す。

 

旅先で何を食べるかというのは、旅先での過ごし方においてとても重要なファクターである。旅というものの本質は日常との心地良い差異の連続であり、食事はそれを強調する手段でもあるからだ。明け透けにいえば「せっかく旅に出たからにはいつもと何か違うモノを食べたい」ということである。「いつも」から逃避する為に旅に出ているのだから、ある意味自然な感情と言えるだろう。

とはいえ、旅先での食事は時に人を悩ませる。その理由が何かと言えば「失敗したくない」からである。

たとえば自分の家の近所にある、まだ入ったことのない定食屋に入るのであれば──もちろんそれですらけっこう勇気のいることだが──話はシンプルだ。当たりだったら通えばいいし、ダメだったら二度とこんなとこに来るかと吐き捨て、実際に行かなければいい。おそらく何度も通うチャンスも無視するチャンスもあるだろうからだ。

旅先ではそうではない。何万円や何時間、あるいは他に諦めた用事といった有形無形のコストをかけてようやくたどり着いたその場所で、もしかしたらもう二度と訪れないかもしれないこの場所で、わざわざマズイ飯を食う必要なんてどこにもない。しかし当然ながら、初めて訪れる場所において店の当たり外れを推察する手段は乏しい。旅は一期一会だが、それだけに一つ一つの出会いの重さがのしかかってくるのである。

……そうした時の助けになるのがガイドブックやレビューの類なのだが、実はこのレビューがさらに悩みを深くするときがある。

たとえばの話をしよう。想像してみてほしい。あなたは海辺の漁師町に来ている。市場は活気に溢れ、潮風に包まれているうちに腹も減ってきた。先程から新鮮な魚介類のことで頭はいっぱいだ。昼飯は魚を食べようと考えているはずだ。当然そうしたお店もたくさんある。

さてどれにしようとササっとネットの口コミを見ると、案外周辺の海鮮をウリにした店の評価は高くない。それは観光客向けの割高な価格設定に一因があるかもしれないが、ともかく味についても並程度だというレビューが並んでいる(実際にこのようなことはよくある)。

そうした中でふと別の店に目を向けると、カツ丼がとても美味しい店がすぐ近くにあるのだという。しかしそこで提供されているのは、たとえば卵とじでなくてソース味だとか、こだわりの何か地元産の素材を使っているだとか、そういう特別さは全くないカツ丼のようだ。要するに「ここに来た甲斐」を本当に何一つくすぐらないのである。しかし地元の人達が本当においしいと評価しているのは、どうやらこちらのようである。

さて、こうしたときにどうしようか。これがつまり「観光地のカツ丼」問題なのである。

別にカツ丼が悪者になるのが忍びなければここに当てはめるのはラーメンでもカレーでも定食でもなんでもいい。要するに地元で似たようなものが食べられる、旅先で食べる必要が全くないようなものが味の面でベストだと提示された時に、それを選ぶべきなのか、それとも旅先であることを考慮して旅先でしか食べられないものを食べるべきなのかと、そういう話である。

これは例えばもっと狭い範囲でも成立する。たとえばある地方のご当地ラーメンを食べに行ったとして、その地域で最も口コミの評価の高い店に行くと、ご当地ラーメンとは無関係な(むしろ都内で流行っているような)凝ったラーメンが出てきたりすることがよくある。もちろん味は美味しいのだが、当初の目的を考えると気持ちは複雑である。なんだかわざわざ遠くに来た意味を自ら否定しているようですらある。

そしてこの「観光地のカツ丼」問題は時に立場が逆転することもある。遠いところから遊びに来る友人に何か地元の食べ物を紹介するときに「この土地らしい」食事と「ノンジャンルで美味しい」食事どちらを紹介すべきか迷ったことのある人も、おそらくいるだろう。

結局、この問題は胃袋か金か時間か、どれかが無限であれば解決する。両方行くという荒技が実のところ一番なのかもしれない(どうしても気になるからまた来る、という選択肢も含めて)。しかし先にも述べた通り、旅というのは一期一会であり、必ず何処かで取捨選択をしなければならない。

そしてここまで長々と書いてきて卑怯なようだが、残念ながら未だにこの問題に対する答えは出ていない。このような選択を強いられたことは何度もあり、どちらの選択肢の経験もあるが、最終的に選んだのがどちらであっても心の端にトゲが引っかかったような気持ちになる。せいぜいそれを誤魔化しながら旅とは人生のようなものだとここで嘯くのが精一杯である。

だから、行き場のない気持ちを書き綴るのもブログの一種の使い方なのだと思い、こうして書き残しているのだろう。

ノウとハウ ~非創作同人誌を作るための調べもの講座~

そろそろコミケの当落の話も聞こえてきそうなので、少し頭を原稿モードに切り替えるべく、毎年のノウハウをここに書き残しておこうかと思う。

これまでに趣味で何度かコミケに出ており、主にカメラ関係の評論本を頒布している。部数の話は野暮なのでしないが、同じシリーズとして今のところ6冊ほど出しており、まぁ中程度には続けられている方であると自負している。

で、そういう素人の書いた本であっても一応他人に有償で公開する以上はそれなりの正確性を保ちたいと考えており、そこの担保の為には調べもののスキルが必要になってくる。ところがこの調べものというやつ、少なくとも「何を調べたいか、その場合どこを掘ればいいのか」がわからないと打っても響かないものであり、全くわからないところから手を付けるにはとても厄介なものなのである。

そこで、自分の思い出しがてら「カメラ関係の評論本を作る時の調べもの」という特定ジャンルの狭い話ではあるが「調べものの仕方」について書き綴ってみようかと思う。既にご存じの方には目新しい情報は何も無いかもしれないが、そういった方はこれらのスキルを使って新たなものを生み出して頂きたい。

 

1.インターネット

手段1、インターネットである。まぁ当たり前だ。これを見ている貴方であればきっと使いこなしているに違いない。現行製品はだいたいwebサイト上にあるし、取扱説明書がアップされている場合もある。また、各webサイトも保存期間の差こそあれ、かなり古いモノまで残っていることが多く時には資料がこれしかないなんてこともある。発売時期・価格・仕様といったものはメーカー公式よりも発売時のニュースサイトの方がまとまっていて見やすかったりする。

特にこの関係では老舗ニュースサイトimpress watchが群を抜いている。その理由としては、過去記事へのアクセス性の良さである。impressのログ維持にかける情熱はすさまじく、デジカメWatch立ち上げ前のPC watchのデジカメ記事ですら残っている。軽く20年以上の蓄積はそれだけでも偉大な財産である。

ちなみにおそらくimpress watch最古のデジカメ記事はこれである。開設の翌月である96年5月の記事だった。

pc.watch.impress.co.jp

現役PC系ニュースサイトの中では比較的記事の質が高いとかムカつく全画面広告を入れないとか素晴らしい点がいっぱいあるimpress watchであるが、敢えて最もお気に入りの点を挙げるとすればこの「昔の記事がきちんと今も参照できる」ことだろう。

この点から言うと、他のニュースサイトであるところのASCII24ASCII.jpや旧ZDnetITmediaのリニューアルに伴うログの断絶は大変悲しい状況なのである。記事自体は残っているがサイト構造の変化からバックナンバーリストすらなくなり、リンクとして追えない場合も多々あるのだ。

どうしてもという場合はInternetarchiveに頼ることになるが、これも万全ではない。特に画像などは欠落している場合も多く、あったらラッキーくらいのレベルであろう。

ただ、メーカーサイトが独自に開発者インタビューなどを掲載している場合はInternetarchiveに頼らざるを得ない場合もある。また、メーカーが撤退している場合や事業譲渡をした場合も、最低限のサポートを残してコンテンツが消滅する。このため、ある程度は有用である。

web.archive.org

web.archive.org

あとは個人サイトもリアルタイムの生の声を拾うには大変有用なのだが、残念ながら無料ホームページスペースやブログのサービス終了によって闇に消えたコンテンツが大量に存在する。直近であればまだまだジオシティーズの内容はGoogleにヒットするので、Googleの要約を見て期待を込めて飛んだ先がサービス終了のお知らせなんてことは日常茶飯事である。

また、レアものについて調べているとヒットするのが2ch(5ch)やmixiのコミュニティのログだけなんてケースも存在する。滅茶滅茶気になるものがサラッと流されていたりすると皆なんでそこで聞き出さなかったんだと地団駄踏むことしきりである。

あとはSNSなども活用出来るのであれば最有力であろう。なんだかんだでマニアのネットワークというのは強いので、そういうのを知ってそうな人にたどり着けるのであれば思い切って聞いてみるというのも一考である。

最後に、インターネットの問い合わせフォーム等を通してメーカーに聞くというのも広義のインターネットの活用の一つであろう。これに関しては先方の対応次第という面もあり、必ずしもこちらの求めていた返答が返ってくるとも限らないが、少なくとも問い合わせた結果として無視されたり、こちらが不快になるような回答が返ってきたことは一度も無いと断言しておく。必要であれば活用すべきであろう。

 

2.書籍

……そうはいっても、インターネットで調べられる情報というのは「インターネット以降の製品」であることが圧倒的に多い。要するにそれ以前のものというのは新品としてのニュースバリューがないので、企業サイトに取り上げられることは希であり、また先に述べたようにwebサービスの終了から現在では個人サイトの記述ですら追えないということも多い。

というわけで、インターネット以前の情報といえばやはり書籍である。書籍の調べ方についてはいくつかあるが、まず「購入する」のであれば、新品が手に入るのであればおそらくAmazonで事足りるだろう。ただ、Amazonで事足りるということは最近の本なわけで、おそらくインターネットで足りない情報を埋めるには物足りない。インターネット以前の情報を求めるのであれば、必要なのは古本である。そうなると、Amazonマーケットプレイスや日本の古本屋などを使うことになるだろう。

www.kosho.or.jp

なお、カメラではないジャンル、例えば鉄道や自動車などは、専門古書店が存在する場合も多い。そういうものが存在するジャンルの場合は、そういった店で一度は棚を眺めるべきである。理由は後述する。しかしカメラにおいては現在は存在していない。以前は神保町に写真集とカメラ関係という形で取り扱う書店があったのだが、後者はあまり売れないので写真集一本に絞ったと聞いている。

一般古書店でもこうしたジャンルでは棚は大きくないので数を回る覚悟が必要である。特にブックオフに代表される新古書店は棚に最近の本だけを並べるケースが多く、2000年代前半のカメラ雑誌でさえレアである。

 もちろん「購入しない」選択肢もある。図書館に行けば良いのだ。とはいえ、ここにもある程度のテクニックというかノウハウがあるので、その辺りについて少し解説する。住んでいる地方によっては難しいものもあるだろうが、あくまでも個人の経験からなので適宜アレンジして頂きたい。

さて、図書館といって最初に思い浮かぶのは地方の公共図書館であろう。たまたま横浜市に居住しているため、地方公共図書館としてはかなり充実している(らしい)横浜市立図書館が使えるが、おそらくこれはかなり恵まれている方ではないかと思っている。

地方公共図書館は基本的に雑誌のバックナンバーはないが、それ以外の単行本やムックであれば置いてある上、ある程度は開架なので棚を見てそのジャンルの専門書の傾向を掴むことが出来るという大きなメリットがある。次に述べる専門図書館国会図書館は基本的に閉架なので、ここが大きな違いである。また、必要とあらば借りられるというのもとても大きい。もし仮に大きめの地方公共図書館で借りられるアテがあるのならば、それは大きなアドバンテージの一つと言えるだろう。

次に、専門図書館である。多くの場合はそのジャンルの博物館などに併設されている場合が多い。鉄道博物館のライブラリー日本自動車工業会の図書館などが代表的であろう。

カメラにおいても専門図書館は存在しており、主に二カ所が挙げられる。この二つは性格が異なるため、使い分けると更に効率が高まること請け合いである。

まずは、東京・半蔵門にある日本カメラ博物館併設(実際は隣の建屋)のJCIIライブラリー。

www.jcii-cameramuseum.jp

「カメラ」博物館だけあって、このあと紹介する都立写真美術館よりもメカ寄りの本が多く収蔵されており、またメーカーからの寄贈本(一般の書籍流通に乗っておらず、ISBN等がないため既存図書館では管理されていない自主配布本や社内配布資料など)を保有していることが最大の強みである。とはいえ、残念ながらここにない本も存在する。また、国会図書館とハシゴできる立地なのもありがたい。

デメリットはといえば、平日のみ開館という点と、PC使用禁止、地下にあるため携帯の電波がほぼ入らないというところだろうか。また専門図書館なので貸出は出来ず、コピーを取るしかない。

特に平日しか開いていないというのはサラリーマンには有給取得が前提となるためとてもつらい。しかし、ここにしかない本がある以上その価値はあると言っていいだろう。もちろんオンラインでの蔵書の照会は可能なので事前調査をお薦めしておく。

次に、これも都内の恵比寿にある東京都写真美術館の図書館。

library.topmuseum.jp

こちらは「写真美術館」の名の通り、蔵書に関しては写真集の方がメインなのだが、日本のカメラ雑誌が写真雑誌も内包してきたからなのか、一般的なカメラ雑誌(アサヒカメラ・日本カメラ・カメラ毎日など)はバックナンバーが一通り揃っている。このため、雑誌の記事をひたすらに漁るのであればJCIIの図書館よりもお薦めである。

何故なら、東京都写真美術館は休日も開館しており申告すればPCの使用が可能(電源あり)。そして携帯の電波も通じるので、調べながらリアルタイムに書くということが可能だからである。これはJCII図書館にはないメリットだ。ここも貸出は出来ないが、コピー代はこっちのが少し安かったような覚えがある。

なお、どちらの図書館でもレファレンスサービスが利用可能なので、行き詰まった時は司書さんに相談してみるのも手である。

というのも、これらの図書館は基本的に閉架図書館なので、検索端末でアタリを付けて取り寄せるまで実際にそこに何が書かれているのか、求める情報があるのかは判断出来ない。検索端末に表示されるのは簡単な見出しがせいぜいなので、なかなか上手くいかない時も多いのである(一部雑誌は目次のみをコピーした目録があるのでこれを使うと効率的)。

そんな中で、閉架の中に入り込んで棚に並ぶたくさんの本の中から「それっぽい」のを調べもののプロに探して貰えるのがレファレンスサービスなのだから、利用しない手はない。というか基本無料なのがすごい。

最後に、これらにもない本を探す手段が国会図書館である。実はこれらの専門図書館の手からもこぼれ落ちる本というのが存在する。これらの図書館では「カメラ雑誌」は収蔵しているが、「カメラを取り上げることが多い家電雑誌」などは実は収蔵していないのである。例えばこのジャンルで有名な「特選街」だとかは雑誌として保有していないことを確認している(ちなみに古い特選街でカメラ関係の署名記事を見ると、カメラ雑誌でよく見るライターが名を連ねていたりする)。

また、初期のデジカメについてはどちらかといえばPC周辺機器的な立ち位置だったこともあり、PC雑誌においてレビューされていたことも多いのだが、実はこれらもカバーしていない。よって、これらを探すためにはカメラ専門図書館だけでは不十分なのである。

というわけで、国会図書館である。

www.ndl.go.jp

建前上日本の全ての書籍は収蔵されることになってるのだが、まぁ実際はそんなこともない。ここからこぼれ落ちてる本などいくらでもある。雑誌などでは抜け落ちてることは日常茶飯事だ──とはいえ日本のありとあらゆる図書館の中で最強の存在であることは間違いない。そんな場所である。

登録が必要で貴重品以外は持ち込めなかったりするが、あとは基本的には馬鹿でかいだけで基本的な閉架図書館と同じである。土曜日開館なのでサラリーマンにもやさしい。永田町にあるのでカメラ博物館から歩いていくことも出来る。

この辺りを調べれば、おそらく手に入らない本というのは相当少なくなっているはずである。少なくとも日本語の文献においては。

これ以外には海外のコレクターが書いた本(洋書)を取り寄せるとかがある。いまのところ上記専門図書館に置いてある範囲でなんとかなっているが、語学の勉強の必要もあるとなれば今から頭の痛いところである。

3.論文・技報

だいたいインターネットでもある程度までは探せるのだけど、一応一般的なインターネットサイトとは性格が異なるのでこちらに切り分けた(実際に読む場合は2の図書館との合わせ技が必要な場合もある)。

専門の学会や企業の研究報告で無料で読めるものが結構あるので、そのあたりを参考にすることも多い。流石に一般誌ほど読みやすいモノではないが、書かれている内容は間違いなく参考になるはずである。以下にいくつか参考リンクを挙げておく。

www.jstage.jst.go.jp

annex.jsap.or.jp

www.konicaminolta.jp

www.fujifilm.co.jp

jp.ricoh.com

j-stageは無料で読めないのも結構あるのでそういうときは諦めよう。

ともかくこの辺りを使いこなせれば確実にワンランク上の内容が書けるのではないかと思ったりしている。またこうした論文には特許番号が書かれている場合もあるため、これらを取っ掛かりにして特許を調べるというのも面白い。特許の調べかたについてもある程度知見があったのだが、つい最近J-platpatがリニューアルされて検索方法がまるっきり変わってしまったので覚え直しである。よってここでは省く。

最後に、これらの情報というのはだいたいにおいて「置かれている」だけである。誰かに活用されることを期待して整理分類されてはいるが、実際のところそこに辿り着くには「書名」「著者名」「年代」などからアタリを付ける技術が必要になる。

特に閉架図書館では本棚を見て「これも関連しそうだな」という探し方は不可能なのである。なので、図書館でも古本屋でもいいからそのジャンルのオープンな本棚がある時は、なるべく数を見ることで書名や著者名の情報を叩き込むことも必要になるかと思う。

インターネットの検索にしたって、適正な検索ワードの指定というものは(もはや意識していないかもしれないが)必須のスキルである。情報は何処かにあるけど、手に入るとは限らない、そういうものなのだと思う。

なお、重ねてのお断りにはなるが、本記事の内容はカメラ関係という狭い範囲であり、その中でも都内に実際に足を運べる人間に特化した内容となっている。この記事がカバー出来ていない部分に関しては、大変勝手なお願いではあるのだがどなたかが「地方における情報収集」としてまとめられることを期待して、本記事の結びとしたい。

インターネットの怪異

そのことに最初に気付いたのは、ずいぶん前だったような気がする。

通勤時間の暇潰しのためにWikipediaのアプリを入れてたまに読んでいるのだが、そのアプリの機能として「よく読まれている記事」という一種のアクセスランキング機能がある。例えば芸能人が不祥事を起こしたり亡くなればその人のページが翌日ランクインするし、何かの事件の判決が出たらその事件のページがランクインしたりする。ある意味では「ネットユーザーの興味の総意」みたいなところがあるランキングである。

しかし、ある時奇妙な項目がランクインしていたのを目にした。それは「今昔文字鏡」というソフトウェアに対する記事である。あまり一般に知られたソフトではないにも関わらず、今世間一般で話題になっている数々の項目を抑えてランクインしていたのである。

 

ja.wikipedia.org

 

これだけなら「まぁ一部で何か話題になったんだろう、たまにはそんなこともあるよね」で済んだ話なのだが、さらに奇妙だったのはこのランキングの顔ぶれは(その時々のニュースに応じて)変わっていくのに、今昔文字鏡だけはその後もコンスタントにランクインし続けたのである。

このことに一番最初に気付いたのは、記録(ツイートやスクリーンショット)に残っている限りでは2019年1月頃であるらしい。下記の画像は2019年2/22時点でのスクリーンショットだが、これを調べた時には1/23まで遡りその時点でもランクインしていることを確認している。

 

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なお、補足しておくと当時一位の北海道の地震ちょうどこの前日に同地域にて震度6弱の地震があったことから多く検索されたものと考えられる。

冒頭でも述べたが、このようにある程度世間の空気というか、今話題になっているものが検索されがちであり、それらがオールジャンルの百科事典であるWikipediaのランキングにもある程度反映されるという点については広く同意して頂けるものと思う。

さて、そうした点からすれば今昔文字鏡という項目のランクインはいかにも不自然だった。このソフトは一部のそれを必要としている人にはこの上なく大切かもしれないが、一方でほとんどの人が触れることはなく、必要ともしていない。ここにランクインしなければおそらく一生存在を知らなくても生きていけた、そんな類いのソフトである。

 

……というわけで、ここでこの記事を書いている4/24時点のランキングを見てみよう。驚いたことに、「今昔文字鏡」という項目は現在においても、変わらずランクインし続けているのである!

 

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ちなみに1位は池袋の母子死亡事故を起こした人物、2位は不倫報道があったアナウンサー、4位は暴行事件を起こしたメンバーがいるグループ……と、まぁ話題になるのも頷ける「何かあった」人達揃いである。こうしたメンツの中にあって今昔文字鏡という項目の存在は、やはり異様であると言っていいと思う。

しかし、そうは言っても「あの」Wikipediaである。好き嫌いは別としても、もはやネットユーザーで利用したことのない者はいないのではないかという規模のモンスターサイトなのだ。これだけのサイトで少なくとも三ヶ月以上に渡ってアクセスランキングの上位に入り続けるというのは、一種異様な出来事である。

しかし、その理由もよく分からない(なにせ今昔文字鏡を作っていた研究会は19年2月に解散とその項目にある。もはや話題が生まれようもないのだ)。仮に宣伝か何かの目的でランキング工作を試みるような者がいたとしても、もはやその対象は存在しないのである。

モンスターサイトであるが故にWikipediaでアクセストップ5に入り続けるということは生半可なアクセス数ではあり得ない。またその話題は日によって変わっており、一週間もすれば通常は全く入れ替わっている。にも関わらず、この項目だけがランクインし続けている。そしておそらくは宣伝というわけでもない。宣伝する対象が既に存在していない。そしてもちろん、世間一般で(例えば今話題の事件・事故を抑えてランクインするほどには)話題になっているとも思えない。まったくわからないことだらけなのである。

故に、インターネット上の不思議な出来事としてずっと心の隅に引っかかり続けていた。これはインターネットの怪異と言ってもいいだろう。

しかし、今日になって「ひょっとしたらこのせいでは?」と思えるものが見つかったので仮説としてここに掲載しておきたい。

……現在、Googleで「今昔文字鏡」と検索した際に(Wikipedia以外に)上位に掲載されているサイトに、下記のようなものがある。

 

www.seiwatei.net

 

これは、Unicodeと互換性を持たない今昔文字鏡独自の文字コードを相互に対照すべく作られた一覧表であり、片方にUnicodeの文字、もう片方に今昔文字鏡でのフォントファイルが表示されるものであった……らしい。

らしい、というのはどういうことかと言えば、このフォントファイルはかつて今昔文字鏡のwebサイト上でgifファイルとして提供されていた(例えば4E00「一」に対してhttp://www.mojikyo.gr.jp/gif/000/000001.gifというアドレスが対応してリンクされている)のだが、現在はサイトが消滅しており、画像は全てリンク切れの扱いになっているのである。

そして、この消滅したサイト(http://www.mojikyo.gr.jp)はトップページはおろか、どの階層のファイルを指定してもWikipediaの「今昔文字鏡」の項目にリダイレクトされるようになっている。

これはどうも、これまでの経緯をトップページに掲載しておくことすら面倒になった管理者側が「だいたいここにまとまってるから勝手に参照してくれ」とWikipediaに説明を丸投げしているようなのである。

まぁ、トップページがWikipediaに転送されるだけならば、ある意味(?)賢い使い方だなと思うのだが、問題は「全ての階層・全てのファイルがWikipediaに転送される」ようになっていることである。例えば先に挙げたgifファイルをリンク形式で貼っておくが、おそらくWikipediaに転送されるはずである。

http://www.mojikyo.gr.jp/gif/000/000001.gif

さて、これがどういう事態を招くか、カンのいい人ならばすぐにお分かりだろう。先程の一覧表のページに貼り込まれた、10列×32行のgifファイル……これが全て消滅したサイトへの直リンクとなっており、その直リンクは全てWikipediaに転送される。つまり、このページを一度表示しただけで、おそらく該当のページは320回参照されることになるのである。

もっとも、webカウンター等では重複アクセスは弾くようになっているのが普通なので、果たしてここで320回表示されたからといってそれがダイレクトにランキングに反映されるかどうかというのは実のところよく分からない。しかし、他に今昔文字鏡という項目がランクインするような要素は微塵も存在しないように思えるので、やはりこれが原因なのではないかと考えている。ランキングに入るためのアクセス数は知るべくもないが、このサイトを参考にしている人が数ページブラウジングするだけでWikipediaの該当のページには数百から数千のアクセスが記録されるはずである。

ちなみに上記の対照表を作った人物はどうやら今昔文字鏡というソフトのあり方に相当な不満を持っていたようで、それが結実したのが上記の表であったとも言える。

しかし、このサイトのトップを読む限りではそうしたサイトを作っていた人物も既にこの世の人ではない。また、戦いの相手であった今昔文字鏡も、もはや消えてしまった。

そして、2019年現在にあっては当事者(?)がいずれも去ったというのに、今昔文字鏡の管理者側が手抜きをしてWikipediaにリダイレクトし、一方で対照表が作者の死後も更新されることなくそのまま維持されたが為に摩訶不思議な影響力が発揮されてしまった。

バタフライ効果という言葉がある。この言葉は当初の学術的な意味を離れて、現在では「蝶の羽ばたきのようなごく僅かな出来事がやがて想像もしなかったような結果を生み出す」といった意味でも使われている。

そういった意味では、この一件はまさしくインターネットにおけるバタフライ効果そのものである。画像の直リンクをしていた管理者が去ったことと、そのリンク先が消滅したこと、そしてリンク先のリダイレクトにWikipediaが設定されたこと。これらの出来事は個別に見れば蝶の羽ばたきにも等しい出来事だったはずだが、それらが積み重なった結果、ついには超巨大サイトであるWikipediaのランキングを揺るがす事件になってしまったというわけである。

とはいえ、これは上記の推測が正しければの話であり、実はあずかり知らぬところでここ数ヶ月の間今昔文字鏡が大人気であり、皆がWikipediaでこぞって読み漁っている……という可能性もゼロではない。だが、そうだとすればそっちの方が恐ろしい話に思える。

もちろん、これらのページの作者には「Wikipediaのランキングを荒らしてやろう」などという意図は微塵もなかったはずである。それなのに結果がこうなのだから、意味不明で面白い。この一連の流れはまさしく蝶の羽ばたきが嵐を生んだわけで、改めてインターネットの怪異そのものであると思った次第である。

看板に偽りがあるとして

今年も松屋にごろごろ煮込みチキンカレーが帰ってきたので、筆を執るにはこのタイミングしかないと思い、書き残しておく。

ごろごろ煮込みチキンカレーとは、松屋不定期に実施する季節メニューの一つであり、文字通り大ぶりのチキンが入ったカレーのことである。というかまぁ説明するより松屋のページ見てもらった方が早いと思う。わりと人気のあるメニューで、だいたい半年から一年に一回くらいはリバイバルされている、ある意味で定番メニューである。

さて、このごろごろ煮込みチキンカレーであるが、実のところ名称に一つ重大なミスリードが含まれている。それは「煮込み」の文字である。

一般的に「煮込み」カレーといえば、具材が「カレーである程度の長時間煮込まれている」ことを連想するものだ。というか、それが自然であると断言しても良いだろう。

しかし、ごろごろ煮込みチキンカレーにおいては、実のところそうではない。それは実際にこのカレーを頼み、鶏肉単品で注意深く味わってみればわかる。この鶏肉にはカレーのような味の濃いソースで煮込まれれば多少なりとも発生するはずの「味の染み込み」がまったく無いのである。

調理手順については想像するほかないが、この味が染みていないという事実からは、この鶏肉はセントラルキッチンで予めカレーと共に煮込まれたわけではなく、茹でるか蒸すかされた後に軽く焼かれて、その後に初めてカレーソースと合わさったのではないかと考えることが出来る。つまり、一般的な意味で「煮込まれ」てはいないのである。

というか、以前このカレーを食べた時、深夜で店員も面倒だったのか、カレーのかかり方に偏りがあり、鶏肉の一角にカレーソースがかかっていない部分があった。つまり、最初からカレーと鶏肉が一緒にされているのではなく、別々に展開されているのではないか……というわけである。

とはいえ、これは少ない労力で多用なメニューを展開する為の企業努力の結果に他ならない。そしてそれはこの鶏肉以外も同じ事である。松屋における定食メニューは基本的には牛豚鳥の肉+タレという形でバリエーションが構築されており、季節メニューについてもタレを変えることによってアレンジが行われている。

このため、ごく一部ではその基本となるレディメイドの肉を「松屋肉」と呼んでいる。松屋肉+タレというのが、松屋における定食のバリエーション構築の基本形なのである。

さて、上記の考察から、おそらく松屋肉は「(少なくとも)カレーで煮込まれて」はいない。果たしてこのミスリードは糾弾されるべきであろうか? 一般的には味のほとんど付かない状態で加熱されている鶏肉は「煮られた」……ましてや「煮込まれた」の定義からは逸脱していると言えるだろう。つまり、煮込みの看板には偽りがあるのではないか、というわけだ。

しかし、である。

カレーにおける価値として「大きく、柔らかい肉がたくさん入っている」という事実はごろごろ煮込みチキンカレーに圧倒的な価値を生み出している。それは、カレーで煮込まれたかどうかなどという些細な論点など消し飛ばしてしまうほどのとてつもない価値である。たくさん肉の入っているカレーは強い。これは紛れもない事実だろう。キチンと煮込まれた少量の鶏肉よりも、煮込んでないけど大量の鶏肉。……こういう選択肢も存在して然るべきだし、事実支持されているわけである。

また、そういった意味では「味のほとんど付いていない肉にかけてもそれを感じさせないソース」としてのカレーのポテンシャルも相当なものである。多くの場合、顧客はカレーソースと肉を一緒に口にするわけであり、そのような食べ方をする限り、鶏肉に味が染みていないという問題点は容易に覆い隠されるのである。これは他のタレに比べた場合のカレーのアドバンテージでもある。こうした点においても、ごろごろ煮込みチキンカレーは見事なメニューであるといえる。

つまり何が言いたいかというと、期間限定なので今のうちに食べておいた方が良いということである。

※なお、実際のごろごろ煮込みチキンカレーの調理手順等は不明な為本ブログの記述には推測を含みます。