2014年の機材購入を振り返るページの中で、TC-1がフィルムコンパクトカメラ探しの旅の終着点だったと書いた。その思いは今も変わっておらず、手元に一台フィルムコンパクトを残すとしたら間違いなくTC-1を残すつもりだ。
なので、もうフィルムコンパクトは買わないつもりだったのだが、探していた機種がワンコインとなれば話は別である。
……と、いうわけで新たに
PENTAX ESPIO miniを購入した。ジャンク扱い品ながらポーチやリモコンも付属しておりこれで500円は逃したら後悔するだろうと思って気が付いたら購入していた。カメラ買うときというのはだいたいいつもこういう流れである。
さて、このカメラ見た目の通りプラスチック外装のごく普通のAFコンパクトカメラであり、言っちゃ何だが500円でジャンクカゴに放り投げられていてもあまり違和感のない質感である。
しかし、実は
ペンタックス75周年を飾った記念モデルの一つ(他の記念モデルはLXチタンやZ-1SEなど)であり、それなりに気合いの入ったモデルだった……らしい。
とはいえ、当時は高級コンパクトの戦国時代。
綺羅星のようなトップモデルはもちろん、やや廉価な
プログラムAE専用のモデルの中にも今でも語り継がれるような名品が多かった。その点このカメラは地味な外観も災いしてか、知る人ぞ知る名機レベルの知名度に留まっている。
「
ペンタックスは高級フィルムコンパクトに参戦しなかった」という後世の評が、すなわちこのカメラの立ち位置を表しているのである。
さて、このカメラ、比較するとしたらプラボディで
プログラムAE専用ということもあり、やはり高級フィルムコンパクトの範疇に入れるのは荷が重い。
単焦点のカプ
セルボディとなると、μやTIARA辺りがライバルだろうか。あるいは
焦点距離からすればTスコープやビッグミニ辺りともぶつかるかもしれない。いずれもそうそうたる顔ぶれであり、正直インターネット上の知名度だけで言えばそれらの「ちょっといいフィルムコンパクト」の中では一番マイナーな部類かもしれない。
先ほどから貶してばかりいるが、本当に華のないカメラなのだ。野暮ったい四角のレンズカバーはμより後に出てこれかという感じだし、レンズも(特にSMCとかは書いてない)無銘三枚玉、32mm F3.5と、これも凡庸を絵に描いたようなスペックである。手に入れたのはブラックモデルだがプラ丸出しのボディだし、カラーバリエーションとして存在したシルバーバージョンはメッキ調のボディを奢ったものの、耐久性が弱かったらしく
ヤフオクとかでは剝げてボロボロになっているのをよく見かける。
……ところが、そのようなスペックながら知る人ぞ知る写りを叩き出すという噂があるものだから、これはもう試してみる他はない……というわけである。
比較対象が
GR1やTC-1になってしまうが、幸い(?)それらのカメラは貸し出し中で手元にないというのも手伝って、フィルムを二本ほど通しているところである。
よって、まだ現像はしていないので写りについて云々するのはやめておこうと思うのだが、こうしたカメラを使っていて思うのは現代のカメラがいかに恵まれているかということである。
たとえば、過去のカメラ書籍を紐解いていると、どんなコンパクトカメラでも決まって評価軸の一つに「ストロボが発光禁止にできるかどうか」を挙げていることが多い。21世紀を生きる
デジタルカメラ世代にとってはなんのことなのかサッパリ理解出来なかったし、これまでに手にした
フィルムカメラもそうした点に配慮されたカメラであったのでこれまで意識していなかったのだが、実はこのESPIO miniが「配慮されていない昔のコンパクトカメラ」なのである。
つまり、発光禁止モードにしなければ少しでも暗いとバンバンストロボが焚かれる羽目になる。ちなみに発光禁止は液晶下のボタンのうち、一番左のものを二回押せば設定完了であるが、これは電源を切ると忘れてしまう。このあたりもまさしく由緒正しい「昔のコンパクトカメラ」である。
また、AFの測距とレンズ駆動が別々なのでシャッターラグがあるというのも今となっては「昔のコンパクトカメラ」らしい挙動である。一眼レフや
デジタルカメラに慣れると半押ししてAF合った瞬間というのは既にレンズ駆動が完了しているものだと思いがちだが、この時代のコンパクトカメラでは測距してから全押しで初めてAFが動くなんてのもザラにあり、中にはレンズカバーがギリギリまで開かず、撮影のその瞬間だけカバーが動いてレンズが現れるなんて代物まであったのを思い出した。こうした中では、ESPIO miniのタイムラグは皆無ではないが比較的マシな方である。
一方で、高級感は前面に貼られた75周年記念のホロ
グラムシールのみという潔いボディはガンガン持ち歩くのに最適である。比較対象がTC-1や
GR1(これがそもそも価格差考えると無茶な話である)なのでサイズにも満点を付けることは出来ないが、小型軽量コンパクトでスライド式レンズカバーのカプ
セルボディで速写性も高いとなれば普段使いのコンパクトとしてはなかなか筋の良いカメラだと思える。
でも、ストロボ発光禁止が出来ないだけで速写性というのは数段落ちるものだし、結局のところその点を差し引くと、いくらカプ
セルボディを持ってしても速写性はプラマイゼロどころかややマイナス、である。
そう、この時代のカメラにおいてはそのくらいストロボ発光禁止というのは大事なファクターだったのだ。特にこのような
シャッタースピードがわからないカメラでは、ストロボの発光有無はチャージランプでしかわからず、結局それらを確認するくらいならばスイッチを切ってしまう。
そう考えると、
GR1がここまで神格化されるのもメカニカルなストロボ発光禁止のおかげではないかと思えるし、ストロボスイッチの評判が悪かった
35Tiなんかはその分だけ評価も辛くなっているように思える。今となっては信じられないが、これがカメラの操作性の評価そのものだった時代がかつては存在したということである。
このカメラを使ったことで、時代と共にカメラの評価軸も変わっていくということが身をもって理解出来たように思える。もちろん、ストロボだって無意味に光っているわけではない。当時のコンパクトカメラの性格としてカメラを使い慣れないユーザーの失敗を回避するセッティングであったのは理解出来る。とはいえ、腕に覚えのあるユーザーであればそれがお節介だとも感じることであろう。
……と、文句を言いつつも、今手元にはコンパクトカメラはこれだけしかないのでここのところ毎日通勤鞄に忍ばせている。今はうっかりISO3200の白黒ネガを入れてしまったので、目下夜しか使えないことが悩みの種である。
さて、現像から上がってきたらどんな写りをしているだろうか。なんだかんだ言いつつも、この瞬間が結構楽しみだったりするわけで。
[追記 2015/4/7]
今の今まで現像上がりを掲載していなかったので、追加しておく。
PENTAX ESPIO MINI + ILFORD XP2 400
中央部のシャープネスは十分だし、ほどよく落ちる周辺がどこか叙述的でいいと思う。最近の一眼レフ用では周辺落ちるレンズはボロクソに言われるものだが、個人的には(後で補正しやすいこともあり)別にいいんじゃないのくらいのスタンスでいる。TC-1とかはメチャクチャ落ちるしそれが魅力でもあるので。
PENTAX ESPIO MINI + ILFORD XP2 400
32mmというのもあまりなじみはない焦点距離だが、28と35の間と考えれば何も難しいところではない。ほどよい感じというか、引いて撮ってそこそこ入って広すぎないといったところだろうか。そういやペンタックスの一眼レフには30mmとか31mmとかもあるんだった。
PENTAX ESPIO MINI + ILFORD DELTA 3200
不思議なのが、強めの光源を撮るとまん丸にリング状のフレアを纏う。何度か試したが、車のヘッドライトなどではよく出現していた。これもここまでハッキリ出るのはわりと珍しいというか、なんとなく気になった。
PENTAX ESPIO MINI + ILFORD DELTA 3200
解像度チェックの名所 東京国際フォーラム。ただし、そういうのを語るには全く向かないフィルムではあるが。ここでも右端のダウンライトにはリング状のフレアが出ている。
全体として三枚玉というスペックやプラ外装から想像するよりも遙かによく写る出来のいいコンパクトである。マグネシウムやチタン外装は無理でも、例えば一部がアルミ合金でストロボ発光禁止が簡単であれば、数ある「伝説のフィルムコンパクト」の一角に食い込めたのではないかと思える。とはいえ、手を出しやすい価格を実現する為に、それをしなかったのがペンタックスの奥ゆかしさと真面目さなのだろう。
そうかと思えば、フィルムレールはしっかり金属(同クラスだと、例えばビッグミニはプラスチック)だったりする。その部分がどれほど写りに貢献するのかと言われれば実用上の差はないかもしれないが、なんとなく嬉しくなってしまう。
全体として他のペンタックスのカメラにも感じる「真面目さ」というのがこのESPIO miniにも感じられた。今もこうして語り継がれているということは、その真面目さが響く人には響いたということなのだろう。