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無名サイトのつづき

未来が通り過ぎた鏡 -α二桁とTLM-

α7系列について書いてみたので、勢い余ってα二桁機におけるTLMについても書いてみたりする。例によって個人の主観が多々含まれているので予めご了承の程。

α二桁機から導入されたTLM(トランスルーセントミラー)という機構はAマウント機がOVFと決別する直接の原因になったこともあり、ことOVFの出来を評価してきたかつてのユーザーにはすこぶる評判が悪い。

ではTLMとはなんぞや? いったい何のメリットがあるのか? 何故採用され続けているのだろうか? という話になると、実際のところよくわからないという人も多いのではないだろうかと思う。実際のところ、TLM=EVF機であることから、OVFをやめてEVF化に舵を切る為の機構であったと解釈されていることも多い。というわけで、少し考えてみたい。
まず、トランスルーセントという名前が示すとおりこの機構のキモは一眼レフにおけるクイックリターンミラーの代わりに据えられた半透明ミラーにある。ただ、クイックリターンミラーを半透明ミラーに置き換える考え自体はそれほど突飛なものではない。古くはキヤノンのペリックスシリーズやEOS RT及びEOS-1n RSと、ニコンF3H高速モードラ仕様などにも前例がある。
これらのフィルム時代の半透明ミラー機の特徴は、半透明ミラーによって常時レンズからの光をファインダーとシャッターに振り分けていることにある。なお、通常の一眼レフでは通常時はミラーによってファインダー及びAF機ならばAFセンサーへ光を送っており、露光の瞬間だけミラーを跳ね上げてシャッターへと導いている。先述したとおり、一眼レフのミラーを半透明ミラーに置き換えたという意味では、これらとTLM機は共通といえる。
つまり、要素としては先行する半透明ミラー機と似たようなものなのだが、かつての半透明ミラー機が追い求めたのは一眼レフ最大の欠点であるレリーズ中の像消失の打破とシャッターショックの低減であったのに対し、TLMは(撮像素子で撮影とEVFへのスルー画を両方出力する以上)撮像の直後はスルー画が途切れるなど、必ずしも像消失の問題に対応するための機構ではない。むしろ構造的に像消失が避けられない機構である。この点が似たような機構を持ちつつもかつての半透明ミラー機とは一線を画している。
さて、過去の半透明ミラー機が目指したのは、先に挙げた通り(クイックリターンミラーを装備した一眼レフでは構造上避けようのない)レリーズした瞬間のブラックアウトの撲滅であった。
また、像消失がないことから、連写中も常に被写体……つまりピントを追えるというメリットも持つ。 この機構の副産物として可動するミラーが存在しない分、ミラー動作のショックがなく、また各種動作シーケンスを詰めやすいこともあり超が付くほどの高速連写機に活用されるようになった。
一方で、この方式でAFを実現したEOS R系にはこの利点と相反するような性質も持つ。それは、レリーズ時にAFセンサーへの光路がキャンセルされることから、CAF(EOSだとサーボAF)が効かない事である。超高速で連写が出来てピントも目で追えるのに、AFは追随出来ないのである。もっとも、ミラーが存在しない分シャッターラグも最低限に抑えているので、意図する1コマ目にAFが合ってることを目指したスペックと言えるかもしれない。なお、EOS R系以外の半透明ミラー機は皆MF機なのでこの問題はそもそも存在しない。
また、通常のクイックリターンミラー搭載一眼レフのCAFはAFが追随しながら連写が出来ているように見えるが、あくまでも予測駆動AFであり、シャッターを押してからミラーが上がり、先幕が走り始めるまでの間、AFセンサーに光が当たっていない瞬間は「このくらい被写体は動くだろうからこのくらいAFを駆動させればいいだろう」という予測に基づいてレンズを動かしている。故に不規則な動きをする被写体では予測が外れてしまうこともままある。
……ここで話はTLM機に戻る。TLM機の半透明ミラーは「像消失のないファインダー」を実現するためにあるのではない、ということは先に述べた通りであるが、では何を実現しようとしたのか。よくある論としては「コストのかかるOVFをやめる為にEVFにした」というものだが、どうやらこれは「結果としてEVFにせざるを得なかった」が正しいようだ。
先に挙げたCAFの問題というのは、つまるところAFセンサーに光が当たっていない瞬間に対しての問題なので、仮に常時AFセンサーに光を当て続けることが出来れば解決が出来る。常時AFが駆動し、その間にシャッターが開けばいいわけだ。通常はミラーに遮られてしまうというのであれば、ミラーを廃して常時AFセンサーに光を届ければよい。これが基本の考え方である。
そして、この機構はOVFでは実現が出来ない。しかし、OVFを諦めてファインダー表示は常時ライブビューとしてEVFに表示する形を取れば半透明ミラーを一枚入れるだけで済む。
つまり、α二桁におけるOVF→EVFの転換というものは、必ずしもEVFが先にあったわけではない……のではないかというわけだ。
だが、静止画の場合、既存一眼レフではAFが効かない時間があると言ってもせいぜいコンマ数秒のミラー消失時間だけの話であるし、そもそも先に述べたような不規則に動き回る被写体でもない限りは予測駆動AFがあるため、なかなか常時AFの恩恵を感じにくい。そして動きモノを撮らない人にTLMのメリットがあるかと言えば正直なところ思いつかない。EVF化したこと自体に何かメリットはあるとしても、だ。
実はTLMのわかりやすいメリットというのは、どちらかというと静止画よりも動画にある。
何故なら、通常の一眼レフで動画を撮影する場合、ミラーが邪魔なので跳ね上げてシャッターを全開にするわけだが、この時ミラーは跳ね上げられている。当然AFセンサーへの光は遮断される。そうなると一眼レフであっても動画中のAFは基本的に撮像素子を使用したコントラストAFオンリーとなる。
コントラストAFはコントラストが最大になる領域をピントを動かしながら探っていく仕組みなので、それらに最適化されていない通常の一眼レフ用レンズでは非常にAFが遅い。昨今のミラーレス機であればこうした部分も予め織り込み済みであるが、静止画撮影を念頭に置いたレンズ(というか、カメラシステム)ではそうもいかないので、既存一眼レフ用レンズを使ったAFでの動画撮影というのは静止画ほどキビキビとは動かない。
だが、ここにTLMを挟むことで、通常静止画で使用している位相差AFセンサーが動画でも使用出来るとなれば話は別である。位相差センサーの特徴として、「どちらに」「どのくらい」動かすとピントが合うかが判断出来るという点がある。つまり、コントラストAFのようにピントピークを探りながらAFする必要がないのだ。
これにより、TLM機は動画でも高速なAFを手に入れた……のだが、実際問題として一眼レフの動画というのはどのくらい使われているものなのだろうか。α900にはそのような機能が付いていないので実際よく分からないのだが、少なくとも一眼レフにおいて動画を最重要視するユーザーは、静止画のそれと比べて圧倒的少数派であるように思える。
また、一眼レフ動画用途を強く意識したα99/77自体、一眼レフ動画のハイエンドユーザーは既にEOSで一通りシステムを揃えたのではと思わせる時期に登場したので、そうしたユーザーの取り込みについてもあまり芳しい結果が出たとは思えない。そしてそれらのユーザーがAFを気にするかというと、その答えもNOだろう。
だいたい、ソニー自身だって並行してEマウントで動画カメラを作っているわけだから、わざわざAマウントを使う意味自体存在しないという見方も出来るわけである。
そして今、像面位相差AFが実用になりつつあり、そうした機構を持つ他社一眼レフとの競争はもちろん、コントラストAFに最適化されたレンズを備えるEマウントとも戦わなければならない現状を考えると、もはや動画においてさえ「Aマウントのカメラで」TLMを採用するメリットはなく、それは先のAFの件と合わせて、TLMを採用するメリットがゼロに近いと言っても良いだろう。
だが、そんなTLMだがLA-EA4を始めとするマウントアダプターに使用すると途端に輝きを増す。
先に述べたとおり、既存一眼レフのシステムというのは位相差センサーを使用したAFを前提としてこれまで発展してきた。このためEマウント機を始めとしたミラーレス機にアダプターを使って装着しても、一眼レフ同等のAFスピードは望めない。 また、旧来のAマウントはボディ内モーターを前提としたシステムなのでそもそもAFが動かないというのもある。
そこで一眼レフのAFセンサーとモーター周り一式をくっつけてしまおうという豪快な回答がLA-EA4なのだが、これは半透明ミラーによって常時スルー画を出しつつAFセンサーにも光を回すことが出来るから実現出来ることであり、数少ない「TLMでなければ出来ないこと」の一つと言えよう。
そして現時点で、ミラーレス機に既存一眼レフ用レンズをAFで可能なアダプターは他メーカーでも用意されているが、コントラストAFを前提としないレンズをAFで快適に使用出来るアダプターは他に存在しないと言っても良いだろう。
機構としての素性はともかく、TLMにとっての不幸は多々存在すると思っている。──「常時AFの価値を訴求出来なかった」「動画ユーザーが思ったほどいなかった」「像面位相差AFが思いの外早く実用になった」「OVFと違いEVFなら同性能をEマウント機でも実現出来るので差異化が出来なくなる」「そのOVFを評価して付いてきたユーザーを切り捨てる結果となった」「αに求められていたのは連写や高速AF性能だったのか」等々……。
そんな中で、既存一眼レフ用レンズをミラーレス機に使っても高速AFが可能という点において、A&Eマウントは他社の同様な関係を持つシステムと比較して頭一つ抜け出している。そう考えると、最初からAマウントとEマウントのブリッジのためのテクノロジーとして登場していれば、TLMという技術自体に対しての評価は180度変わっていたのではないかとさえ思うのである。
……と、このような内容を書き綴っている最中に、海外で像面位相差センサー搭載の裏面照射撮像素子を持つα7R2が発表された。新たな機能として、像面位相差センサーとボディ側の改良により、レンズ内モーター搭載レンズであればボディ側の像面位相差センサーで高速AFが可能になるという話も出てきたようなので、これはもしかしたらα二桁機やAマウントどころか、TLMというテクノロジー自体に対するトドメになってしまうかもしれない。
こうしたことは過渡期のテクノロジーにありがちと言ってしまえばそれまでだが、もしそうであれば、このままだとAマウントはTLMのせいで滅びたという印象を残してしまうだろう。
思い描いていた未来は、気が付いたらTLMを通り過ぎて更にその先へ行ってしまったのかもしれない。