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インターネット

無名サイトのつづき

新フィルムカメラはじめました7 [今こそ MINOLTA α-9xi]

ひょんなことから、以前からずっと探していたα-9xiを手に入れた。ジャンク扱いではあったが、千円札を出したらお釣りがくるくらいの額であった。

初代シリーズ、iシリーズに続くα第三世代とでもいえるα-xiシリーズは、ゼロタイム思想を掲げて自動化を推し進めた結果、新品当時からあまり評判のよいものではなかったようだ。検索するだけでも、様々な(主に否定的な)感想がヒットする。曰く「ミノルタ凋落の象徴」「ユーザーを無視した自動化の権化」「意味のわからない最悪の操作性」……いくらでも出てくるが、見てて悲しくなってくるのでこのくらいでやめておこう。

……こうした内容から、xiシリーズというのは世間一般としては「ユーザーが望んでも居ないのに勝手にピントと露出が固定されて、おまけにズームまでやるのでユーザーのすることは押すだけの珍妙なカメラ」という形で記憶に残っているらしい。そして行きすぎた自動化からの揺り戻しになったターニングポイントである、と結ぶのが定番の紹介例のようだ。

実際に機能を列挙すると確かに非常に多機能である。シリーズ中最も高機能だったα-7xiの説明書を例にいくつか挙げると「ゼロタイムオート」「オートスタンバイズーム」「イメージサイズロック」などの横文字が踊っている。

それぞれ説明していくと、ゼロタイムオートとは既存のカメラがシャッター半押しをトリガにしてAE&AFを働かせていたところを、グリップセンサー及びアイセンサーを用いて「カメラを構えた」瞬間にそれらを働かせ、覗いた時には既に露出もピントも合っている……という機能である。

これはxiシリーズが不評に沈んだ後も採用され続け、最終的にはソニーの一部機種まで生き残った(グリップセンサーは廃止されたが)。数少ないxiシリーズの遺産の一つといえる機能である。なお、この機能の実現のために採用されたアイセンサーは、現在EVFを搭載するデジタルカメラに必須の装備となっている。これもある意味ではxiの遺産と言えるだろう。

オートスタンバイズームはその名の通り、オートでズームする機能であり、同時期に発売された電動ズームレンズのxiレンズでしか動作しない。今となっては、xiシリーズに対する拒否反応はひとえにこの機能によって引き起こされたのではないかと思っている。何せカメラが最適なズーム位置を決めるとはいっても、カメラの判断基準というのはユーザーから見てブラックボックスであり、もちろん撮影者の意図と合致するとは限らない。まして腕に覚えのあるユーザーにとっては邪魔以外の何物でもないだろう。

イメージサイズロックは、主要被写体のサイズを保ったままズームするというもの。この機能は同時期にズームレンズの電動化&カメラボディの自動・高機能化に舵を切ったペンタックスにも似たような機能があり、結局この二社はその路線が否定されて、その後迷走して最終的にダイヤル&レバーの操作系に到達するところまでそっくりであった。

かように、この自動化&高機能化というのは多岐にわたったのだが、前述の通りユーザーにはすっかり否定されてしまった。

そして、これらの機能と同時に、形状もまた独特なものだった。初代シリーズから独立したモードダイヤルやシャッタースピードダイヤルを持たないのがαの特徴だったが、このxiシリーズではそれを推し進めてボタンの数は今の目で見て非常に少なく、それ故に実現した低くてなだらかなペンタ部の稜線を持つ、かなり横長のスタイリングであった。

個人的には類を見ないスタイルなこともあって最初は違和感があったが、見ているうちに良いじゃないと思えるようになった。特にペンタ部の造形に関しては、内蔵ストロボを持たない9xiが最も美しいと思える。外装はプラスチックなのでそれを嫌う向きもあるが、逆にプラスチック筐体でなければなかなか出来ないデザインと言えよう。

ちなみにこのデザインをT90の真似でたいして新鮮味がないだとか書いてるサイトもあったが、ここまでアスペクト比(?)を横長に振ったカメラは他にないし、同様のペンタ部を埋め込み気味にしたスタイリングを持つT90やMZ-S辺りと比べても、グリップに対しての考え方は異なるのではないかと思っている。

T90他が現在主流の「ボディから突出した筒状の物を握り込む」タイプなのに対して、xiシリーズは上手く表現出来ないが「ボディを横から支える」とでもいうようなタイプである。これは使ってみると案外快適なのだが、同じ考え方のグリップの機種はその後生まれていないように思える。 

で、拾ってきた個体の話に戻る。

このカメラ、ジャンク扱いではあるが、実際のところ確認した限りでは動作に問題が無かった。この時代のミノルタ機では定番のグリップの白化と、底蓋のべとつきはあるが、電池を入れると普通に動く。ただし底蓋のべとつきはかなり頑固な物で、カメラ屋の店主も再三拭き取ってくれたのだが、あとからあとから滲み出る始末で、結局ビニール袋に入れてもらった。

これは後でわかった事だが、底に使われているゴム自体の溶け出しというよりは、それを固定するのに使用されている両面テープのノリの劣化でべたつきが発生していた。ゴム自体も経年で弾力性を失っており、三脚穴にクイックシューをねじこんだらぼろぼろに千切れて崩壊してしまったので、結局もろとも剥がす羽目になったのではあるが。

ちなみに、この時は同じジャンクカゴの中に同じ機種なんと三台もあったので、その中で一番マシな物を選んだ。ミノルタではよくあるグリップの崩壊はまだ見られず、嬉しいことに方眼マットが入っている。素晴らしい拾いものであった。

なお、この日はこの直前に100円(!)で京セラTDを拾っており、まれに見るジャンクの大当たり日であった。それぞれ拾ったカメラ店は普段だったらあまり足を運ばない店舗であり、何かに導かれていたような気さえしてくる。ちなみにTDは以前からテッサー搭載のコンパクト機を探していた知人に買値で譲ったが、その後簡単な整備で完動品になったとのこと。

そうして、α-9xiを手に入れたのだが、既にα-9を所有していることもあり、しばらくは部屋の中で空シャッターを切って遊んでいたのだが、使ってみたくなって撮影に連れ出した。

なお、先に書いた自動化機能のうち、α-9xiにあるのはゼロタイムオートくらいのもので、またxiズームレンズを持たない以上、実際のところはあまり他のαシリーズと変わらない。つまり、xiシリーズの悪しき風評はほとんど無関係で、独特なスタイリングと操作系のハイエンドカメラ、というわけである。特に1/12,000秒シャッターはこれとα-9だけの特権である。

実際に使ってみて感じることは、このカメラが本当に掲げたかった高尚な思想と、若干それに追いつかなかった当時の技術……といったところだろうか。

たとえば、このカメラ上面には電源・シャッター・ダイヤルの他にはボタンが3つしかない。そしてうち2つはインテリジェントカードやxiレンズといったオプションが装着されている時のみ効果を発揮するボタンで、実質使うのはPボタン(プログラムモード一発復帰)だけである。背面も同様にFnとAELとクイックキーの3つだけであり、最上級機としては異様にボタンが少ない。

もちろん細々した設定キーは隠しブタの裏にあるのだが、一体どうやって操作するのか、初見ではまったくわからないカメラの一つと言えるだろう。特に現代のデジタル一眼レフに慣れた人など、全く手を付けられないのではないかとさえ思える。また、この後αシリーズが辿ったダイヤル&レバーという、可能な限り物理キーを付けるという方向性とも真っ向から対立している。(それらはxiの反動でもあるのだが……)

さて、実際どう操作するかなのだが、Fnボタンがこのカメラの操作のキモとなる。これを一回押すと、(液晶を挟んだ)ファインダー上に「MODE」と「+/-」という表示が出現する。これがそれぞれのダイヤルに対応しており、前ダイヤルを回せばPASMのモードが、後ろダイヤルを回せば露出補正が出来る。もう一度Fnを押せば、今度は測光モードとAFフレーム設定が表示され、それぞれ前後ダイヤルに対応している。いずれもセレクトした後にシャッターを半押しすれば決定となり即座に撮影に移ることが出来る。

そして、実のところこのカメラにおいてはA/Sモードはあまり必要にならないかもしれない。何故なら、前後ダイヤルがそれぞれ絞りとシャッター速度に対応しており、回すと即座にそれらが優先されるのだ(Ps・Paシフト)。要するにペンタックスのハイパープログラムと同じである。そして、実際の動作としては通常のプログラムシフトでもある。物理ダイヤルがないこの機種では、Fnで各優先モードを呼び出すよりもこちらで切り替えた方が便利である。ちなみにペンタックスでいうグリーンボタンに相当するのはPボタンであるが、こちらはP復帰以外の各設定もデフォルトに戻るという違いがある。

クイックキーはブラケット・ストロボブラケット・多重露光・押してる間だけ連写・スポット測光・AFフレーム切り替えの各機能のうち、自分が使う機能を一つ選択して割付出来る、ユーザーがカスタム可能なキーである。

こうして色々と説明書を読みながら使ってみると、当時このカメラが目指していたものがおぼろげながらわかってきた。このカメラの思想は「本質的な意味での速写性の向上」であろう。

ゼロタイムオートで構えた瞬間にすぐにシャッターを切る事が出来る。ファインダーから目を離さずに設定が完結出来る。ユーザーが使いそうな機能を即呼び出せるようにしておく。……ファインダーを覗いて、ジッとシャッターチャンスを待つ人に快適な操作性を提供する、それこそがこのカメラが目指した速写性だったのではないだろうか。そしてそれらの為に自動化があった。シリーズの他の機種はともかく、少なくとも、9xiについてはそうであったと感じる。

ただ、正直なところ今の目で見ればもっと操作性はブラッシュアップ出来たのではと思うところは多いし、当時の部材ではいかんせん無理がある機能もある。

液晶を挟んだファインダーは暗いし、露出メータースケールが黒一色でオーバーレイ表示されるのも普通のメーター表示の方が見やすいと感じる。

あとはPs・Paシフトは(これはハイパープログラムとかでもそうだが)シフトしてさらに露出補正もしたいという時に非常に煩雑である。Fnボタンが事実上の露出補正キーなのだが、このボタンは背面に付いていて、Fnで呼び出した時、露出補正を担当するのは後ろダイヤルなので一度指を外さなくてはならない。ニコンやその後のミノルタ機のような露出補正ボタンを押しながらダイヤルという操作ではないので、実質的に操作が1ステップ多い。

ただ、ファインダーを覗きながら完結出来る操作を当時出来る方法で目指したという点についてはもう少し評価されてもいいのではないかと思っている。これらの操作性はわけがわからないなどと評する人も多いのだが、特定の操作キーで設定モードに入り、その時前後のダイヤルで役割が違うというのはEOSなどにも見られる操作系である。なのにあちらはそれほど文句が出ているようにも思えない。結局のところ7xiの悪評によってマトモに論じられていないのではと疑うほどである。

……このカメラが見据えていた未来というのは結局来なかった。下位機種で展開された自動化路線は、前述の通り完全に否定されてしまい、このカメラの操作系についても、その後のsi、そして一桁シリーズを見る限りはほとんど継承されていない。その後に来たのはダイヤル&レバーの操作系という、より現実的で実直な方向性の未来であった。

しかしデジタル時代においては、かつて否定されたxiシリーズの見据えた未来もやや復権気味に思える。アイセンサーや電動ズームレンズは形や目的を変えつつも確かな市民権を得つつあるし、構図の自動調整や、ファインダーでの各種表示なども現代的に洗練された形で搭載されている。

そうした目で見ると、来なかった方の近未来のカメラとして、少し寂しげにではあるが、輝いて見えるのである。

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α-9xi + SONY Carl Zeiss Distagon 24mm F2(尚この組み合わせでAFは動かない。念の為)