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無名サイトのつづき

なにをいまさらEX-TR70

日の当たってるんだか当たってないんだかすらも微妙なデジカメを地味に紹介する不定期連載(ということにいつの間にかなってしまった)「なにをいまさら」シリーズだが、今回はいつにも増して今更感が漂っているのではないかと思う。

なにせ今回取り上げるのは、タイトルにもある通り──今となってはデジカメから撤退してしまった──カシオ、それも海外専売のデジカメだったEX-TR70(2016年発売)だからである。考えてみれば、このTRシリーズほど数奇な運命を辿ったカメラも珍しいのではないかと思う。その特異なスタイルから当初から国内ではイロモノ扱いされており、後期には自撮り用カメラとしての性格を強めたことや、マニア向けのラインナップを持たないカシオ製ということもあり日本のカメラ好き層からは半ば無視されているシリーズである。

さて、もうみんな忘れていると思うのでここで簡単にカシオTRシリーズの歴史を振り返ってみたい。このシリーズの初代機は2011年2月に発表されたEX-TR100なのだが、これは発表年月からも分かるとおり、東日本大震災の影響をモロに被ってしまい発売が延期(4月→7月)となり、いきなり国内では影の薄いモデルとなってしまった。

続くマイチェンモデルのEX-TR150(2012年4月)はこうした動きもあって予め出荷も絞られていたのか、前代未聞の「発売日直前に販売終了アナウンス」という事態が一部で話題になった。このためほぼ店頭にも並ばないモデルとなり、やはり知る人ぞ知るカメラとなってしまった。

そして2013年7月のEX-TR15が日本国内に正規に流通したモデルとしては最後になったのだが、こちらも3000台×2の限定販売となり、当然ながら店頭に並ぶこともなかった。これ以降日本国内では流通しておらず、後継機は海外専売となった。以上のような経緯からマトモに国内で人目に触れたのはほぼ初代モデルのみという、かなり変わった立ち位置のカメラである。

とはいえ、カシオのデジカメ撤退時の挨拶文においても、QV-10EXILIM、そして最終機となったG'z eyeと並んで、いわばカシオの代表的モデルとして掲載されていることからも分かる通り、実はこのシリーズ、日本以外ではきちんとファンを獲得しており、カシオを代表するシリーズの一つになっていた。特に中国を始めとしたアジア圏では自撮り用として確固たるブランドを築き上げており、国内市場での存在感のなさとのギャップは度々話題となったほどだ。

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※じきにこのページも消えるかもしれないので画像で貼っておく

さて、そんなカメラオタクの興味は引かなそうなTRシリーズ、それも海外専用モデルであるEX-TR70を何故手に入れたのかだが、これには深い訳がある。

安かったから買った。以上である。

──もう少しだけ詳しく話すと、先頃閉店したビックカメラ池袋東口カメラ館中古カメラコーナーにおいて、このカメラはずいぶん長いことガラス棚の主になっていた。このカメラがアジア圏で話題になっていた頃にはすでに置いてあった気がするので、おそらくはインバウンドの需要も当て込んで入荷したのだがアテを外して長期在庫化してしまったとか、おそらくそんなところだろう。

なにせこのカメラ、海外では相当な高級モデルであった。一時期中国ではこのシリーズは10万円を超えていたということもあり、当初のビックカメラでの値付けもそれを反映してなかなか強気なものだったのだ(もちろん、海外専売モデルなりのプレミアでもあろう)。……そして、そうした強気の価格が災いしたのか、カシオのデジカメ撤退どころか、ビックカメラの閉店ギリギリまで在庫として残ってしまい、最後にはとんでもなくお買い得な値段になっていた。なので購入したという次第である。

というのもこのカメラ、世の中に溢れる「自撮りカメラ」としてのくびきを外してみると意外なほどマニアックな仕様なことに気付くのである。撮像素子は有効1,110万画素で1/1.7型の裏面照射CMOSとコンパクトデジカメとしては大サイズだし、レンズは21mm F2.8相当の超広角単焦点レンズである。

そう、アクションカムなどの動画カメラを除けば、20mmクラスやそれ以下の超広角単焦点を搭載したカメラというのは実は非常に少ない。現代ではシグマdp0、銀塩まで含めてもあのリコーGR21があるくらいで、ほとんど類例がない仕様なのだ。まして、手のひらに載るようなサイズとなればこのシリーズが唯一無二の存在である。

そして21mm相当の超広角レンズが気軽に持ち歩けるとなれば、標準レンズやズームレンズを付けたレンズ交換式カメラのお供にもピッタリなのではないか……と、つまりはこのようなところが購入の動機になるわけである。もちろん懐の痛まない範囲の価格あってのことであるが。

というわけで、しばらく鞄に潜ませて使ってみたところ実に様々な気持ちにさせられたのでこうして記事にしている。つまりここまで前フリ。長かったな。

使っていてまず感じたのが、先にも述べたこのカメラの複雑な立ち位置である。

前提として、このカメラ日本では発売されていないのである。されていないのだが、箱にはさも当然のように日本語表記があるし、メニューも日本語に切り替えることが出来る。ソニーの海外モデルなどでは日本語設定自体がオミットされていることもあるので、この仕様にはビックリした。もちろん日本語にしてしまえば、多少変わった操作はあるものの至って普通のデジカメである。ちなみに、末期のカシオ製としては大変珍しい日本製である。

初代の頃から超広角レンズとタッチ中心のUI、そしてそれを取り囲む金属製フレームという構成は変わらないものの、白塗りのフレーム等でややオモチャっぽいところもあった初代に比べると、このEX-TR70はだいぶ落ち着いた質感になっている。さすがは海外では高級(?)デジカメだっただけのことはある。

なお、このカメラハードウェアキーは電源とシャッターの二つしかなく、基本的にはタッチUIで使うカメラである。静電式のタッチパネルで感度もそこそこなので使っていてさほどストレスにはならないが、いかにもスマホ的である。シャッターキーは通常のカメラとは異なり液晶と同じ面に付いている。半押しも可能なタイプのキーだが、カメラを構えて奥行き方向に押し込むというのはなんとも慣れないため、最終的にはタッチシャッターを使うことの方が多かったことをお伝えしておこう。これは通常のカメラのシャッターが来るような位置(カメラ外周)には金属製フレームがあるための仕様だろう。

先に述べた通りこのカメラは自撮り用としてアジア圏で大ヒットしたので、基本的にはそれに向けて進化していった機種である。とはいえ、今回は自撮り用として買ったわけではないので、期待するポイントとしては「超広角レンズ搭載コンパクトデジカメとしてどのくらい使えるか」である。 

そういう気持ちで使い始めると、既存のカメラの延長線上として使うには主に形状と操作の面で気持ちの切り替えが必要になったのも確かだった。しかし余計な要素がない分スマートフォンで撮り歩くのともまた違った使い心地であり、月並みな言い方かもしれないが、これは両者の中間に位置するカメラであるという感想を抱いた。

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実際の作例としてはこんなところだが、これが一画面に悠々入るというのはやはり超広角レンズならではであり、使っていても中々面白い。

あまり画質の話をするカメラではないかもしれないが、かといってあんまり写りが良くないというのでは使い続ける意味もない。そういう意味では、期待していたところをそれなりにクリアはしている。とはいえ、単焦点レンズであったり比較的大サイズの撮像素子であったりというスペックから勝手に期待しすぎていたところはあったのかもしれない。実際は結構逆光に弱いし、上記の写真では右端に行くほど光点は変形してしまっている。

……とはいえ、光点が目立つ夜景やイルミネーションというのは、カメラやレンズにとって厳しい条件であることも確かなので、あまりうるさく言うつもりもない。このくらい写れば十分、そう思わせるレベルには達していると感じた。

そうそう、逆光といえばあまりにも光芒が派手に出るので、流石に何かおかしいぞと思ったら、レンズが剥き出しのせいで表面に付着する手指の脂にひどく敏感だったということもあった。

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写真はその中の一枚だが、ここまでくるとかえって芸術的ですらある。とはいえ夜景ではひどく目立つので、以降は度々レンズをハンカチで拭き取ってから撮影した。これもレンズが剥き出しになっていて当たり前というスマートフォンの文脈を連想させる要素である。カメラ文脈からするとレンズ剥き出しはおっかないのだが、一方でスマートフォンからすれば今更そんなこと気にもならないという文化の違いが存在するのだ。ただ、先の通り露骨に写りに影響するので何らかの防汚コートは欲しかったかもしれない。

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手指の脂を抜きにしても逆光耐性やハロ・フレア耐性は正直よくない。この写真でも画面外の街灯の明かりをモロに拾っているし、先の船の写真も右側の電飾のすぐ横にゴーストが出ている。

光源に対してフレアが入りやすい以外で目立つ弱点としては、明らかに陣笠形状の見られる歪曲収差である。このせいか水平垂直をキッチリ収める用途よりはアングルの自由度を生かした構図の方が適しているように思えた。まぁメイン用途である自撮りからすれば端が多少歪んでいたところでたいした問題ではないし、そもそも21mmという超広角はそもそも他にないのだから受け入れられる範囲だろう。そういうのは高価なレンズ交換式の領分である。

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実際明らかに樽~陣笠なので、直線的な被写体の場合はLightroom等で補正したほうがスッキリするが、何度も言うがそういう使い方の方がイレギュラーであろう。これは本来であれば若い女性の使う自撮り用カメラなのだから。

そして、そういったイレギュラー(?)な使い方をしていると、コンパクトデジカメとスマートフォンの中間に位置するが故の微妙さにも気付く。ぶっちゃけ、普通のカメラとして使う分にはグリップのない形状のため、どうにも手の中で収まりが悪いのだ。

具体的に言うと、各面に取っかかりのない形状なので開かずに使うと落としそうで怖いし、かといって可動フレームがそれほど便利だというわけでもない(あくまでも普通のカメラとして使った場合なのであしからず)。

もちろんフレーム側を持ってバリアングル的に使用したりも出来るのでそういう意味での使いようはあるのだが、そういうシーンばかりでもない。しかし開かずに撮るとあまりにもフラットなので落っことしそうで怖いのである。幸いストラップホールもあるので、何かヒモを付けた方が良いかもしれない。

なお、こうした葛藤から試行錯誤した結果、最終的に撮り歩く際はフレームを半開きにし、開いたスキマから指を突っ込んでホールドするという方法を考案した。こうすると引っかけた指が邪魔で物理シャッターキーが押せないので、やっぱりタッチシャッターがメインになるのである。

というわけで、このフレーム回転機構は前回のDSC-R1の上面バリアングル液晶と同様目新しいが別に便利なわけでもないかなという辺りの感想に落ち着いたのだが、一方で金属製フレームの剛性感だとか、ラッチの心地よさというのは手で弄ぶガジェットとして大事な要素であり、そういった面で安っぽさや強度面の不安を感じることは一切無かった。

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なお、先の通りハードウェアキーがないのでカメラとして撮影時に弄るところは少ないのだが、撮影モードにはカシオ機おなじみのベストショットであったり、アートフィルター的なモードがあるので、そこら辺を使いこなす楽しみというのもあったりする。こうした部分はしっかり「カメラ」である。

そういう意味では、カメラバックの隅に押さえの超広角としてこのカメラを一台突っ込んでおくことで広がる世界というのは、予想以上に大きいのではないかと思っている。超広角レンズは嵩張るし、明確な目的を持っていないと持ち出さないことが多いが、一方で撮影地で「もっと広角で撮りたい」と思うのもまたよくある話である。そんな時の保険として、レンズ交換式カメラともいい補完関係を築けるのではないだろうか。

……というのが、カメラ的な視点から見た時のEX-TR70評である。

また、ここまでは既存カメラと組み合わせた時にどうよという話であったが、このカメラはもちろんスマートフォンと組み合わせてもよい。カシオとしては末期のカメラなので、無線LANBluetoothを利用したスマートフォンへの自動転送機能があり、いわばスマートフォンのコンパニオンデバイスとしても使えるようになっているのだ。

そしてこのカメラが出た当初スマートフォンは現在ほどカメラ重視ではなく、またほんの数年前までは超広角レンズ搭載モデルなども存在していなかった。今手元にあるスマートフォンはiPhone7なのでまさしく数年前の標準的(?)環境だが、メインカメラは概ね28mm相当であり、ここにEX-TR70の21mm相当が加わることは画角の面でも明らかなメリットがあったのである。

……あったのだが、今となってはそれも昔話になってしまったかもしれない。ほとんどのスマートフォンが多眼カメラ化を進める中で、以前だったら考えられなかったような広角カメラが次々に搭載されているのが2021年現在なのである。例えばiPhone12では13mm相当という驚異的な超広角カメラを搭載している。そう考えると、EX-TR70の21mm相当や1/1.7型撮像素子というスペックも今や少し霞んでしまう。

とはいえ、TRシリーズはそれらよりも遙かに先に登場していたのだし(2011年の初代から21mm相当だった)、スマートフォンの自撮り機能が向上したのもわりと最近ということを考えれば、やはりこれが時代に先駆けたカメラだったことには疑いの余地がないだろう。

繰り返しになるがTRシリーズの初出は2011年、ほぼ最終機となったEX-TR70は2016年モデルであり、更に言えばカシオのデジカメ撤退は2018年の出来事である。そしてスマートフォンにおいて超広角カメラが身近になったのは、明らかにそれ以降の出来事であった。これはカシオが明らかに時代の先を行っていたと評すべきであろう。スマートフォンに追いつかれたからこその撤退でもあるのだが。

そしてそんなカメラを2021年になってからこうしてレビューしているのだから、まさしく「なにをいまさら」といった話なのである。