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無名サイトのつづき

ゲーミング痕跡器官

巷に溢れるゲーミングなんちゃらの意味不明さについては既に多くの識者が突っ込んでおり今更ここで何か言うこともないような気もするのだが、そこに集まる批判の多くは電飾で輝く必要のないものを輝かせているから意味がわからないという意見に集約されている。

つまり、批判的な文脈で使われる『ゲーミング』という言葉は「なんかよく分からないが光ってる」こととほぼイコールであり、そうした電飾付きの何か対する蔑称になっていると言っていいだろう。何せ連中、隙あらばなんでも光らせようとしてくるのである。

かつてはファンにLEDが仕込まれただけで目障りだという意見が出た自作PC界隈も、ゲーミングのムーブメントを受けて今ではすっかり電飾に征服されており、ほぼデフォルトで光るようになってしまった。そういうのを嫌う層は今ではわざわざ光らないのを指定する必要に迫られているくらいである。

しかし「ゲーミング=光る」という認識に目を奪われてしまいがちだが、光らないゲーミング◯◯にもよく考えるとおかしなものは多い。その一つがゲーミングチェアと呼ばれる製品である。

これらゲーミングチェアが有名になったのはここ数年のことであるが、現在一般的にゲーミングチェアと呼ばれて販売されているものはいずれも車のバケットシートのデザインをモチーフとしている。

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・有名どころの一社 AKRACINGのモデル。その名の通りレーシングモチーフである。

何故PC用の家具に車? と思うのだが、なんとなくスポーツイメージがあるというところが打って付けだったのかもしれない。なにせ椅子を積極的に使う必要のあるスポーツといえばモータースポーツくらいのものである。どちらもモノを使ったスポーツであり、選手の実力と共にモノに掛けた金額がその勝敗を左右するというあたりもeスポーツとモータースポーツの共通点といえるだろう。

とはいえそのモータースポーツで一般的に使用されるフルバケットシート(可動部がなく身体が完全に固定される)はゲーミングチェアのモチーフとしては一般的ではなく、実際にモチーフとされているのはそれよりはライトな用途で使われるセミバケットシート(可動部があり一般にホールド性はフルバケに劣る)である。これには若干欺瞞を感じるところだが一方で用途を考えると仕方のないところもある。

本物のレーシングカーのシートは先に述べたフルバケットシートと言って可動部がなくクッションも薄い。これは高速でコーナリングする際の横Gに耐える為のものであり、同時にPC作業においては一切考慮される必要のない要素である。クッション性や快適性よりもホールド性や安全性を考慮したもので、当然室内用の椅子には向かない。

そもそも走行によって発生する各種のGに耐えなくてはならないモータースポーツと、それらのGが一切発生しないゲームを始めとしたPC作業は当然ながら性格の全く異なるものなのである。それでもモータースポーツのエッセンスを求めた結果、ゲーミングチェアの多くはセミバケットシートをモチーフにするに至ったのだ。

ところでバケットシートのデザイン上の特徴といえばなんといってもホールド性を高めるために張り出したショルダーや座面サイド部であるが、もう一つ欠かせない要素として背もたれに空いた穴が挙げられる。

この穴は何かというと、元ネタたるバケットシートにおいてはシートベルトを通す穴(ベルトホール)であった。強い横Gに耐える必要のあるレーシングカーにおいては市販車のような片側の肩だけを支える3点式ではなく、4点以上のベルトを用いて両肩や腰をガッチリとホールドするようになっている。このためシートにも予めこうしたベルトを通すための穴が空いているのである。

さて、先にも述べた通りPC作業に横Gは発生しないので、当然ながらシートベルトも不要である。一方でこの穴はバケットシートのアイコン的存在でもあるためか、ゲーミングチェアにも受け継がれた。そして用途を失った穴は痕跡器官のごとく───人間の尾骶骨のように、かつてヒトがサルであった証を示すが如く───ルーツを伝えるばかりになった……のかと思ったらそうではなかった。

枕の登場である。

そう、ゲーミングチェアは横Gの一切かからない状況で使用され、時にリラックスが必要ということからこの部分には枕が付けられることになった。そしてこの枕の固定の為にベルトホールは転用されたのである。ベルトホールにとってはさながら異世界転生といったところだろうか。異世界でも居場所を見つけられて何よりである。こうして感動の物語は幕を閉じた。

 

 

……なおここまで長々と書いてきたが、最近のモデルにおいては穴が空いているものの、この穴を枕の固定に使用しないモデルが出現していることも合わせてお伝えする次第である。

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・もはやベルトループ固定ではない

だったらいらないんじゃないかな、この穴。