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無名サイトのつづき

ノートパソコンの怪異

インターネット上にはいったいどうしてそうなるのか、普通の考え方では予想も付かない因果関係により発生した事象を理詰めで解決するタイプの小咄があり、一つのジャンルとして確立している。代表的なところで言うと次のようなものだ。

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これらの事象よりは小粒だが、似たような一見すると不思議な経験をしたことがあるので書き残しておきたい。ちょっとした怪異のお話である。

話は数年前に遡る。

当時職場ではパナソニックのLet's noteが各社員に支給されていたのだが、ある時期から奇妙な症状に悩まされるようになった。メールを書いていると、思いもよらないタイミングで画面が真っ暗になり、電源が落ちてしまうのだ。

幸いにして電源を入れ直すとまた復帰するのだが、再度メールを書き始めるとまた電源が落ちてしまう。しかしこの症状も不定期なもので、例えば先程打った文面を再度同じように入力しても今度は起こらなかったりする。こんなことが日に数回のペースで起こっていた。

当初疑ったのはメールソフトやIMEの不具合であった。アップデートを試したり、それでもダメなら別のソフトを入れてみた。しかし、努力も虚しく症状が解決することはなかった。

次に疑ったのはハードウェアの不具合である。電源が落ちたように見えたので、電源アダプタを変えてみたり、バッテリーを変えてみたり、あるいは電源が落ちた際に叩いていたキーボードのキーを執拗に押し続けてみたりした。しかしこれらもまたハズレであった。

それどころか、こうした意図的なテストをしていると再現しないのに、ふとメールを書いていると突然電源が落ちるのである。まるでトラブルシュートの努力をあざ笑われているかのようだった。

このような症状はひょっとして他の社員にも出ているのではないかと思い、同じ機種を使用している同僚にも聞いてみたのだが、不思議なことに誰も心当たりがないという。このような症状に苦しんでいるのは自分ただ一人らしく、実際にネット検索でもこのようなトラブルの類例を見つけることは出来なかった。

こうしたことが続いたため、しまいにはだんだん薄気味悪くなってきた。「原因不明」「タイミング不明」「自分だけに起きている」「解決方法がない」……これはまさに怪異と言って差し支えのない出来事である。

ある時、別件の修理で来ていたメーカーの担当者にふとこの出来事について伝えると担当者もそのような症状は聞いたことがないとのことだった。しかし、二人で可能性を検討し、改めて考えたところ、ある一つの可能性に行き当たった。

……当時スマートウォッチを使い始めたのだが、このバンドをApple Watchのようなミラネーゼループのバンドに変更していた。便利そうだしカッコよかったからである。これは通常の時計バンドのようなバックルで長さを調整するのではなく、任意の位置でマグネットを使って止めるようになっていた。

ところで、現代のノートパソコンは省電力制御の為に蓋が閉じると即座にスリープするようになっているが、かつてはメカニカルなスイッチでこの蓋の開閉を検知していた。だが、現在は洗練された見た目を実現する為に各種のセンサーがそれを担っている。このため、何処にどのようなセンサーが付いているのかは外観からはわからなくなっている。

……もうお分かりだろう。この世代のLet's noteの開閉検知センサーは実はパームレスト部に埋め込まれた磁気センサーが担っていた。持ち歩く為に液晶を閉じると、画面側に埋め込まれた磁石がパームレスト部にあるセンサーに接近し、それによってパソコンは閉じられたと判断してスリープに移行するのである。

タネを明かしてしまえば簡単なことで、メールを書く時に英数変換の為左手でFnキーに手を伸ばすと丁度手首はそのセンサーの上を掠めるように移動する。するとバンドを止めている磁石もまたそのセンサーを掠めていく。これによりパソコン側は磁力を検知→蓋が閉じられたと判断し、即座にスリープに移行していたのだ。だからこそ、ユーザーには「メールを書いていたら突然電源が落ちた」ように見えていたのだ。

実際には手首の軌跡次第で反応しない場合もあり、また社内には同様の時計をしている者もいなかったことから、症状はランダムで他の社員には心当たりがなかったのだ。もちろん翌日からスマートウォッチは純正のバンドに戻されることとなり、この不可解な挙動もウソのように収まった。

見えないけれどもそこにある、そうした力のことを怪異と呼ぶのであれば、目に見えない磁力によって引き起こされたこれもまた怪異と言って差し支えないのではないだろう。もちろん幽霊の正体は枯れススキであったり、今回の場合はオシャレなバンドだったりするわけだが。